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ハプニングナイト

 お風呂の湯船に入浴剤を入れるのは不思議な気分になる。

 草津の湯の効能は何なのか知らないのだけれど、溶けてお風呂に広がる挙動はどことなく血が溶けるのに似ている。

 触りたいが触りたくない。味わいたいが味わいたくない。そんな感じがする。


 俺はどちらかといえば風呂が嫌いだった。とくに風邪を引いているときに入る風呂は最悪で、おさまりかけていた咳が、ありありと復活するのはなんというか、負けたような気がするのだった。


 脱衣所ではゴンゴンと音を立てて黒いかたまりが蠢いている。ダンゴムシ君がその分厚い装甲を脱いでいるのだが、かなり彼の本体は細いようで、磨りガラスの向こうの人影は死にそうな栄養失調の子供を思わせた。

 毎日自分の体を見ているので、俺自身の感覚がおかしいのだろう。スーパーに買い出しに行けばすれ違う人みんなに見られるので、俺はそういう体型をしているのだった。


 ビックリするくらい長い時間をおいて脱衣所の扉が開く。擦っても落ちないカビと水鱗が浮いたステンレス張りの扉に、薄汚れた指が、並んでいた。


「うわ。ちゃんと洗ってなかったな」

 マニキュアと思ったその指先は、土が詰まっていて黒いのだった。よくもまあ、こんなのでご飯を食べていたものだ。

 つかんだ手は柔らかく暖かい。一方で骨張っていて、間接が固く、理科室の骨格標本みたいだった。


「ほら早く入れって」

「ぼ、ボク自分で入れるから!」

「そんなこと言ってまた入らないつもりだな!」

 ただでさえ臭いのに、何か病気になったらどうするつもりなのか。病院はやっていないのに、感染症になったらどうやって治療するきなのかと聞きたいくらいだ。


 力任せに風呂場に引きずり込むと、その体の軽いこと。


 一瞬固くなって、ボサボサの髪の下でダンゴムシ君の顔が赤くなる。


 あれ。何かおかしくないか。


 やってしまった気がする。


「……もしかして、女の子だった?」

「ボクは男っすよ」

 語尾が力強かった。否定するよりも早く、認識を間違うなと押し付けるような言葉であった。


 だが、目の前のそれが認識と違う。

 彼にはあるべき物がなく、そしてあるはずないものがあるのだ。

 

 彼は、諦めたみたいに肩で息をついて


「ボクはもうすぐオチンチンが生えてくるだ」と言った。


 何か冗談だと思った。そういう演劇の役なのだと思った。許してほしい。この田舎町の端くれの、下水もないような所で育った男だ。あまりにも無知で、それを恥ずかしく思い、隠すように湯船から掬ったお湯をジャンジャンとダンゴムシの頭にかけた。


「ビャー!!何するんすか!」

「臭かったから」

「ひでぇ!!!」

 すかさず男物のシャンプーでゴシゴシしてやると(夏用のメンソールのやつだ)ひゃーっと声を出して笑っていた。


「ちゃんと100まで数えて出てくるんだぞ!」なんか、家族が増えたみたいだと俺は思った。彼もそう思ってくれていると良いのだが。悪いことをしてしまったので、風呂上がりの牛乳一杯は俺の奢りにしようと思う。ちょっと今夜は失敗した。


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