横須賀より
9月4日 第一護衛隊群、第一護衛隊所属いずも
いずもは総工費1200億円あまりの巨体を横須賀沖に横たえ、真っ暗な灯火管制の中で、息を潜めていた。
眼下の横須賀湾、そして横須賀地方総監から、駅に至るまで、ベレニー公園、幹線道路、主要施設がメラメラと地獄の炎に焼かれていた。
生き残った人間は存在せず、ただ、意味を失った感染者が火の回りを焼けた肌のまま歩き回っている。
地獄だった。
消火活動のため近づいた船は無数の感染者に襲われ沈黙し、波止場に波によって打ち付けられている。
感染爆発初期から海へ逃げようとする動きはあった。しかし残念ながら海の上には水道もなく、ガソリンスタンドもなく、まして食料品売場もない。次第に飢えた人々は陸へと上がり感染した。
ここで唯一残ったいずもはその巨体ゆえに多くの物資を積載できたから生き残ったに過ぎない。それも現在では在庫切れを起こし、SH60多用途ヘリコプターによる物資の調達に踏みきるに至ったのだった。ヘリコプターは縦横無尽に飛行できる性能を持ちながらも、一度に運搬できる物資の量が少ない。その上、真っ暗な夜に飛ぶ都合上、暗視ゴーグルの着用が必須であり、視界は極少、火を見れば目を痛め視界を失う状況で、足元を写すわずかなガラスだけを頼りに物資を探さねばならなかった。狙いを付けたのは大型スーパーである。
大型スーパーは食料売場と日用品及び工具売場の二棟からなる。大型といっても、車数十台を収容できるだけの駐車場があるだけだ。そこを臨時のヘリポートとすることで降り立つことができた。
ヘリから降りるのは一人、斥候としてレンジャー隊員が強烈なダウンウォッシュの中を身を屈めながら食料品店の自動扉まで走った。
レンジャーは山の中で4日間、ほぼ飲まず食わず、不眠不休で訓練を行った自衛隊の中でも選りすぐりのエリートである。実際の訓練は公開すらされていない。
パイロットは心配そうにその姿を目で追った。その時、レンジャーの笑顔が見えた。