ダイヤモンド
農家はふとした瞬間に、珍客と出会った。
農家は、所謂、引きこもりというやつで、人との関わりを極力避ける性質上、常に仮面を被って人と接している。しかしそれを一日中行うのは疲れるため、自分一人の時は肩の力を抜き、いつも通りの自分であることを大事にしていた。
それゆえの油断だった。
目の前に現れたのは、日焼けした肌に覆われた堀の深い顔。世界的にも珍しい青い迷彩服に、それを内側から押し上げる筋肉のある身体だった。土木従事者であろうと思われた。重たいコンクリートの袋を何度も持ち上げることでできた筋肉だろうなと結論付けて、息をふー、と吹いて仮面を被る。もちろん目には見えない外行きの仮面だ。
「こんばんは。こんな夜更けにどうされましたか?」
「!? まだ民間人がいたのか!」
農家は民間人という言葉に引っ掛かった。それは特殊な呼び方で、ある一定の職業の人間が使うそれであった。はっきり言って自衛官と警察官と消防士しか使わないそれだ。
不思議に思って胸元を確認すると、そこには、月桂樹で飾られたダイヤモンドの徽章。さらには、体力徽章まで並んでいる。
レンジャー隊員である。
このレンジャーというのは、テレビの戦隊もののことではなく、実際に存在する資格で、その取りづらさは一級品、部隊でもエリート中のエリートだけが推薦され、そしてその多くが脱落する。最後までその訓練をやり抜いたものだけが、月桂樹の勝利と、けして砕けないダイヤモンドの意思を冠する称号を与えられる。レンジャーだ。
さらにその希少性は高く、自衛隊全体の数パーセントしか存在しない。彼らは遺伝的に恵まれた体格を持ち、過酷な状況下でも揺るがない固い意思を持つ人間なのだ。
「レンジャーさんですか?」
「なんで分かったんすか?」
「徽章で……」
「ああ、自衛隊経験者?」
「ただのヲタクです。お気になさらずに」
レンジャー隊員さんが笑っていたのでほっとした。俺は目を見て話すのでそれが少し、変だと思われたみたいだった。
圧倒的強者感。いるだけで、救われる空気。ここで農家はチラリと彼の後ろを確認する。まさかレンジャー部隊の人ではないかと。レンジャーの隊員だけで構成された部隊は日本に二つだけ存在する。
そこにはおらず、しかたなく肩を落としたがその様子をレンジャーはじっと見ていた。
「この辺りで生き残っていたとすると高い家に避難されてたんすか? それともどこかに警察署とかあって助かったんすか?」
「いやー。そういうのはないですね~。全部全滅ですよ。素晴らしい光景です。誰も彼も平等に感染して!」
まずかったと表情を失う農家に、レンジャーはわずかに半身をずらした。
「……警戒しないでください。攻撃の意思はありません。武器も持っていません」
「あの、なんというか、自身の匂いになぜ気がついていないのだ? それだけ血と肉の油の匂いをさせて、さらには、肉片をつけていながらなぜ普通に話せるのだ?」
「忘れてました……」
「は?」
「自分や他の人の状態に無頓着なもので……あの、けっして、人殺しを楽しんだりとかそういうんじゃないんで、警戒しないでください」
農家は両手を上げて降参のポーズをする。まったくもって、人との接し方が下手であった。むしろ農家が得意とする言語は肉体言語であって、相手をちょろまかすような軽い口が叩けるはずもなく、どこまでもまっすぐでバカであった。
「今、踵を返せば、こちらも見なかったことにする」
「お知り合いになれませんか」
レンジャーは目を丸くした。農家は血の染み込んだ手を差し出してなんとか握手を求めている。
「この世界では常に奪う側でないと生きていけないのです。それを知らないということはとても幸せなことです。我々民間人は危険の中でいつも助けを求めています。私は農家です。こんなんですが」
外向きの仮面を触りつつにっこりと笑顔を作る農家。奪う側、奪われる側という表現に一瞬表情を変えたレンジャーにここぞとばかりにたたみかける。
「今までの世界は、優秀な人間が評価されず、少ないお給料で働いてきました。そればかりか、人と違うというだけで迫害され、一生部屋にとじ込もって生活してきた人もいます。そんなのおかしいとは思いませんか?」
「……だったらなんだ?」
「新しい世界を作るつもりはありませんか」
ヘリコプターに帰るはずの隊員が一人戻らなかった。




