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病院内の肉塊

 10月28日曇り


 本日は風邪をひいて風邪薬を探した。

 そしたら無かったんですね。あった粉薬は2回分。駄菓子のオレンジ味みたいなかるい後味で、あっという間に消えて行った。


 困った。人は風邪でも死ぬ。その上、この世界では医療を受けられる保証がない。もともと医者が信用できなくて全然病院に行ったことがない俺だったが、いざ行けないと分かると、それはそれで恐ろしいものがあった。


 かくして運転は玲子さん、助手席には鉈と火炎瓶を持った俺という、学生革命も真っ青な出で立ちで病院へと向かうこととなった。


 病院は静かだった。


 放置された救急車はどれも後部のドアがはね上げられたままで、血だらけのストレッチャーがガラス扉に挟まって止まっていた。

 中折式の猟銃が持ち主の手と一緒に落ちていたのでそれとなく回収してトランクに納めた。

 重さからして本物だろうと思う。猟友会に協力を仰いだのか。もし、そうならば警察官もいるはずだ。民間人の居住区での発砲には警察官の立ち会いのもと指導が必要となる。


「私行かないからね」

「玲子さん、何言ってるんですか? 二人で探した方が早いでしょう?」

「私行かないからね」


 仕方ないか。血の繋がりもない仲間に命を懸けろと言われてもそれは難しいのは事実だ。


 これから一緒に住み続けるならば先ほどの言動は留意する必要がある、と頭の中のメモに書きつつ、ガソリン臭い火炎瓶を1ケース担いで動かない自動ドアをこじ開けて中に入った。


 薬品の匂いと、人の糞尿の匂い。長い間ここは機能していなかったらしく、電気が付いている様子はどこにもなかった。


 保険証を読み取る機械もまるっきり止まった世界で、多目的トイレの持ち手が摩りきれそうなタオルで壁の手すりと結ばれていた。


 もう間違いなく、何かを隔離した跡。絶対に近づかない。


 俺が探している薬は特殊なもので、黄色い色の点滴だった。


 それは複数の病気に効果を発揮する。使うのも簡単で、俺でもその存在をしっていた。名前こそ知らないが、なに、説明書を読めば分かる。その便利な薬を多用しないのには理由がある。


 薬に耐性のある病気を産み出さないように医者は使いたがらないのだ。


 しかし、今回のような身体が生きながら腐り、死んでなおも動き続けるような病気では、可能性のある薬は全て使用されたものと推測される。


 もし、患者が大変な状況にあるならば、薬のストックは倉庫ではなく、患者のそばに起きたいと思うのが普通のこと。


 軍隊でも大砲のそばに砲弾を集積するのはやりがちのことで、人の怠惰ゆえに不慮の事態に遭遇すると言ってもいい。


 普段しっかりと薬品の管理をしているところでも、パニックになれば対応しきれない。


 集中治療室と書かれた一室で動く影を見つけた。


 念のため、火炎瓶にすぐに火をつけられるようにガスライターの試運転をする。

 問題なくついた。

 薄暗い病院のなかでライターの赤い火だけがいやに恐ろしく空間を照らし出している。


 それ、には布が被せてあった。

 人と言うには明らかに長さが足りず、逆に縦方向には異様に長い。


 なんだろうか。その物体からは何本ものホースが垂れ下がり、ベッドの下の袋に液体が貯まっているようである。


 その琥珀色の液体は、時折血のような赤が混じって傘が広がるように溶けていった。


 その塊は重いらしく、それが身動きする度にベッドは軋んでいる。


 勢い良く布をまくり上げると、そこには人の姿があった。


 より、正確には人の上半身だ。下半身は腐り落ちた別の身体に縫い付けられ接合部には沢山のホースが繋がれ、ウジが、指ほどの太さにまで肥太っていた。


「なんだこれ……」

「誰だ。そこにいるのか?」


 驚くべきことに、この状況で口を利いたそれ、は、白濁した目をギョロギョロと天井にむけて、枯れ枝のようになった腕を不気味に左右に揺らした。


「あんた、何なんだ?」と俺は聞いた。

「俺は、俺は医者だ。この病院に8年つ、つ、つつつとめている」


 舌の動きが悪いのが、赤い舌がチロチロと蛇のように口から出入りしている。


「なんでこうなった?」

「……素晴らしい、だろう? この、身体は朽ちない。腹も減らない。病気にもならない」

「あんた、終わってるよ」

「……終わってるとはなんだ!!俺は、俺は、医院長になってバカどもを見返すんだ!!だからそれまで!!」


 ゴフッと血を吐いて静かになった。

 手は下していない。腹にぽっかりと開いた穴がその死因だろう。

 嫌なものを見た。


 おそらく彼は生きながらえるために、感染者と自分をつなぐ手術をしようと考えたのだろう。正気ではない。正気ならば自分で自分を手術しようなどとは考えまい。


 その傍らには妻子とおぼしき写真と、他の職員の物と思われるidカードが転がっていた。


「カーハーーッ!!」


 そしてこの人は悲しいことに、死ねなくなっていた。


「苦しいですか?」

「誰だ? そこに誰かいるのか?」


 短期の記憶は、あまり長くもたないようだった。


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