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医者

 元々、農家という男は死に疎かった。

 漫画でキャラクターが死んだときに心を痛める人はいるだろうか。もしかしたらいるかもしれない。

 虫を踏み潰したときにその生き物に同情して涙を流す人はいるだろうか。もしかしたらいるかもしれない。

 犬や猫が自分の腕のなかで息を引き取ったとき、苦しみでむせび泣く人間がいるだろうか。もしかしたらいるかもしれない。


 実の親が死んで火葬され、骨壺の中に納められるとき、ひどい悲しみで鬱になる人はいるだろうか。もしかしたらいるかもしれない。


 農家はそのどれも理解できなかった。

 それは彼が生まれ持った才能。目の前で人が車にひかれても何も感じない。むしろ、人の痛みがやっと理解できる程度の共感性しか持ち合わせていなかった。


 彼には友達がいない。

 それはそうだろう。彼は自分の異常性に気がついてから必死に隠すように生きているが、それは時折現れる。これはそうしておきた事故だった。


「で、あなたに何ができるんですか?」


 感染者と結合された医者を前にして農家が発したのはそのような言葉だった。

 酷く淡々と、まるで、コーヒーショップで他愛ない会話をする一時のような手軽さで、本当に何の屈託もなく聞いた。


 障害は見えるものよりも、見えないものの方が重い。


 農家には自分以外の人間はそれほど見た目を重視しない傾向にあった。手足がなくても、両目がなくても、彼にとっては等しく人間だった。


 それよりも大事なのは、自分にとって利益があるのかということである。

 突き詰めた話し、人間同士のかかわり合いといは、非合理の上にたつ、利己主義の肉塊である。


「私は、しゅじゅちゅができる」

「そう。それはよいタレントをお持ちだ。だが俺は医者が嫌いだ。だから君を置いていくのが正しいと思う。燃やすのがもっとも正しいように思える」

 農家は顔色1つ変えない。

 それほどにまで、魂に思い入れがない。


 まるで、乾電池と同じようにしか感じていない。


「助けてくれ……」

「ならば自分の価値を証明してください。俺があなたを助けるだけの理由を」


「私は、私は、この病気を治療できる。今すぐでは無理だが、近い将来必ず。君も戻りたいだろう? 日常の生活に」


「全然戻らなくていいです。むしろ、前の方がずっと残酷でひどい世界じゃないですか。自分と少し違うから、簡単に虐めて殺す人々。そのくせ、自分は悪くないと平気でのたまう馬鹿やろうたちの住む世界だ。あの世界が本当に良かったかって? ふざけるな。もしそうなら、毎日自殺者なんてでないんだよ。見た目なんか意味ない。持ってる金も持ってる車も意味なんてない。本当に意味があるのは、君が何をできるかってことだけだ」


 僅かな間を置いて医者は下半身を切除することを誓った。

 その理由は農家には良く分からなかった。


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