昔話
これからのことを書く前にちょっとだけ身の上話をさせてほしい。
俺は裕福な家の生まれじゃない。コネもないし金もない。有名な学校さえ出ていない。親だって今思えば毒親のそれ。家族愛というのを感じたことはなかった。キャッチボール1つすらやったことがないのがその良い例だろう。
とにかく、人生を変える事態が起きたのは高校入試の時だった。行きたかった学校の面接に落ち、地域で二番目に頭の悪い高校に入学した俺を待っていたのは、ただれた高校生生活だった。
身の回りではエアガンの違法改造が横行し、空き地でのサバゲーなど当たり前。それどころか俺は化学の世界に見入られた。
化学って言うのはやばい。銃の弾や爆弾の爆発の時に中で起きているのは化学現象だということは、中学生でも知っていた。
高校の化学の先生は頭が剥げていていつも汚い白衣を着ているような人だった。
化学準備室の鍵を気に入った生徒に任せて授業の準備を手伝わせる人で、つまりその気に入られたのが俺だった。
世界のテロリストが爆弾の製造に使うものには二種類ある。黒色火薬と化学爆薬で、この爆薬に興味引かれる結果となったのは必然だったと思う。
初めてその白い結晶を作ったとき、俺はバカで命知らずだった。本当の意味も知らずに4キロもの爆薬を密造した。TNT 換算で0.9近くもあるその危険物を作るのに、バカな俺はゴム手袋もゴーグルもなしに、学校からパクった薬品を持って帰って!!自宅で製造した。
バカである。事前の下調べで化学反応中に熱が出ることを知っていた俺は、当時、氷水で冷やしながら調合を行った。その途中、お昼ごはんを買いに外に出掛けてしまう。
反応中の薬品を冷蔵庫にしまい、出掛けた俺のバカなこと!!!
帰ってくるとそれは冷蔵庫の中で沸騰していた。キンキンに冷えた冷蔵庫のなかで沸騰するそれを想像してみてほしい。
とにかくそんなことがあって作ってしまった4キロだった。
後で調べてわかったのだが、できた物質は、熱にも衝撃にも簡単に反応する悪魔みたいな物質であった。そういう物質を、だ。どうやって処分したら良かったのだ?
幸いにも我が家は農家だった。
知らない人に触らせられない薬品を貯蔵するために鍵付きの大きな金庫があって、その中にこっそりとそれらを紛れ込ませてしまっていた。それを今思い出した。
ほら、エロ本隠してたでしょ?それを今思い出したみたいな。
いやーーー。死ぬ。良く今まで無事だった。地震で瓶が倒れでもしてみろ。死んでいた。火事であぶられても死んでいた。
何しろ4キロという量は、アメリカの危機管理局で交付されている安全距離によれば、半径30メートル以内の致死率は90パーセントを越えている。
爆発にともなって飛散する破片による死傷ではなく、単純に爆薬が持つエネルギーで人間の内臓が破裂するために起こる死だった。
えーーー。なんに使う?
なんならもっと製造できちゃう。工場か薬局か病院か学校を襲えばもっと、作れるのである。
ちなみに材料はネット通販でも簡単に手に入るものだったのだが、現在は規制されたのだろうか……。
爆弾の燃焼薬そのものにも使えるのだが、雷管としても使えそうだった。




