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7 交流(1)

 ショッピングモールは思ったよりも広かった。庵はこのショッピングモールに頻繁に来ているというわけではない。海斗に至っては初めてだった。

 まず館内の案内図を見付けるだけで少しの時間を費やし、そして案内板を見てみればあまりにも多くのテナントが軒を連ねている。

「うわー、すごいなこのモール。こんなに店があるんだね。広いな、別館とかもあるし」

「それは俺も初めて知った」

「石館くんはここに来たことある?」

「あるにはあるが……2年くらい前だ」

「記憶としては?」

「あまりない」

 ふたりは向かうべき店の名前を一覧から探しだし、館内図で場所を特定してから歩きだした。

 広い敷地をふんだんに使ったショッピングモールは歩くだけでもかなりの距離になる。

 庵はそれだけで興味を引かれる多くのものを目にした。実際、入りたい店舗はたくさんあったが、目的はあくまでも文化祭で使う備品集め。寄り道はやめておくことにした。

 いっぽう海斗はどうなのだろうか。と、庵は疑問に思った。何か見たいものは無いだろうか。寄りたいところは無いだろうか。

「石館くん、どこか寄り道したい所とかある?」

「え……」

 庵の少し前を歩いている海斗の問い掛けに庵は声を潜めながらも驚いた。問おうかどうか悩んでいた事柄をあっさりと訊かれたからだ。

「色んな店があるからさ、僕は行ってみたいところだらけで。あ、もちろん買い物は先にするよ、きちんとね。きみさえ良ければ、その後で色々と回りたいんだけれど、きみもいっしょにどうかな?」

「…………俺は……」

 初めは必要な用事を済ませ次第、早々に帰るつもりでいた。それが実際に館内に入ってみれば気になるものがたくさんあった。折角海斗がこう言ってくれるのならば。

 庵は僅かに海斗から目線を外しながらも首を縦に振った。

「……俺も、色々と見たい」

「やった! なら昼もいっしょに食べよう。食べたいもの、チラッとでも良いから考えておいてね」

「ああ……」

 海斗が歓声を出してまで喜ぶのは、何故なのだろう。わからない。

 海斗という人間がわからない。そして、どうしてこんなにも得体の知れないものに自分は付き合っているのだろう。わからない。

 ひとつ言えるのは、不思議と嫌な気持ちではないということだけだ。






 目的の店さえ見付けてしまえば買い物はとてもスムーズだった。あらかじめクラスメイトから頼まれていたものも今はまだ少ないもので、予算もふんだんに余っている。

 金銭の管理は庵に任せ、クラスメイトの要望は海斗が聞く、という算段を改めて確認し合ってからふたりは昼食を摂ることにした。

 庵はなんとなくうどんが食べたくなり、そのことを海斗に伝えると彼は快く頷いてくれた。

 休日のフードコートはたいへんな賑わいで、庵は立ち往生しそうになるものの海斗が素早く席を確保してくれた。そしてまず席の留守番を買って出てくれ、庵は注文に向かうことができた。

 庵はエビの天ぷらが乗った温かいうどんといなり寿司を。後に海斗は冷たい盛り蕎麦と鮭のおにぎりを注文した。

「残暑も和らいできたのに、お前はこの時期に冷たい蕎麦を食べるのか?」

「僕、猫舌なんだよね」

「…………ほう」

 見れば確かに、海斗は飲み物も冷たいものしか頼んでいない。女子みたいだ。

「女子みたいとか思っただろ」

「……!? い、いや……そんなことはない」

「石館くん、嘘つくの下手だねー! さ、食べよう。いただきます」

 まさに図星を突かれ庵は慌てて否定してみるが徒労となった。少し拗ねるような仕草をしてみせた当の海斗は、すぐに弾けるような笑顔を見せて食事を始める。庵もすぐに手を合わせ、割り箸を割った。箸は少しだけ歪に割れた。

「いただきます」

 庵は温かなうどんを啜り出汁を堪能した。体の中から熱を帯びていく。

「石館くん。今日は眼鏡無いんだね」

「ん? ──ああ。別にそんなに視力が悪いわけではないからな。両目0.7……車を運転するにはギリギリといったところか」

「だから眼鏡は授業中だけなんだ」

「眼鏡をかけている姿はそんなに好きじゃないしな……」

「似合ってると思うよ」

「…………」

 庵の容姿を面と向かって評してきたのは海斗が初めてだった。今までは容姿に対する陰口ばかりを聞いていた。あまりにも頻繁に聞いてきたものだから、とうの昔に気にすることすらも止めた。止めたのだが。

 庵は箸の動きを止めて少し俯いた。

「……変に思わないのか? 俺の髪の色や瞳の色を」

「思わないよ。綺麗だとは何度も思ったけれど」

「…………最上」

「なに?」

「タラシだと言われないか?」

「…………。……そういえば、言われる」

「だろうな」

「なんで!?」

 海斗の問いには答えず庵は再び食事に集中し始めた。出汁のしょっぱさといなり寿司の仄かな甘味が舌に心地好い。

 今さら己の風貌を貶されたところで心は動かないが、褒められることには慣れていない。味覚と嗅覚はそんな動揺を隠すのにうってつけだった。

「……あ。石館くん、テーブル、ひとつ切り離して良いかな?」

「ん? 構わないが」

 フードコートの座席の多くはふたり用のテーブルを2つ隣接させることで4人用の席となっている。

 突然の海斗の申し出ではあったが特に断る理由もなかった庵は頷いた。

 海斗はひとつのテーブルを離し、逆隣のテーブルにくっ付けて6人掛けの席を作った。そして庵の背後のどこかに向けて手招きとテーブルを指で示すジェスチャーを繰り返した。

「すみません、ありがとうございます」

 すぐにやってきたのは子どもを3人連れた女性だ。母親であろうその女性は海斗や庵に何度も頭を下げつつやんちゃな盛りの子どもたちを席に着かせようと奮闘する。女性が荷物を置くとそれだけで6人掛けの席は窮屈になったが、ひとり分きっちり席が空いているところを見るとどこかに父親もいるのだろう。

 女性や子どもたちに笑顔で会釈をした後、食事を再開した海斗を見て庵は感心した。

「本当によく見てるんだな」

「たまたま見えただけだよ」

 見えることは、よくある。善意という行動に移せる者は、悲しいことに少ない。海斗は希有な、行動に移せる者だ。

「……人気もあるわけだな」

「え?」

「なんでもない。で、この後はどこに行くんだ? 先にお前のリクエストを聞いてやる」

「ありがとう! それじゃあさ……」






 食事を終えたふたりが向かったのは海斗のリクエストである家電量販店であった。

 庵はあまり訪れることはない。それでも、陳列された電化製品たちの仕組みや性能といったものには興味があった。

 海斗は何が見たいのだろう。よもやテレビや冷蔵庫といった大型家電ではあるまい。

 予想通り、海斗はそれらを素通りし、一瞬だけタブレット端末の前で止まりかけたがまた歩きだし、調理家電のコーナーに入っていった。

 主婦じみている気がしたが、海斗が向かったのはその中でもコーヒーメーカーが並ぶ棚だった。

「最上はコーヒーが好きなのか?」

「うん。色んな器具を使ってじっくり作るのも好きなんだけれど、やっぱりそれは休日くらいにしかできないしね。今は性能の良いコーヒーメーカーが多いから、もっぱらこういうものに頼ってる」

「どういうものを飲む?」

「何でもだよ。ブレンド、エスプレッソ、カフェラテ、カフェモカ。とにかく何でも」

「カフェラテ……。あの洒落た……ラテアート……とかできるのか?」

「一応は。上手くはないけれど」

「本格的だな」

「ラテアートだけで本格的とは言わない」

 断固とした否定が混じったが、海斗の表情はどこか嬉しそうだ。

「それならば、買い出しではなく調理担当になれば良かったんじゃないのか? せっかくクラスの出し物が喫茶店なのだし」

 庵は心に思ったままを問うてみた。すると。

「こだわり過ぎてしまうから、ダメ」

「……、……なるほどな」

 コーヒー豆だけで予算オーバーになる、というわけだ。海斗のコーヒーへの熱意は並々ならぬものがあるらしい。

「買うのか?」

「ううん、今日は実際の値段を確かめたかっただけ。ネットで見る情報とはだいぶ違いがあるな……。……よし、行こう」

「……?」

 思ったよりもあっさりと売り場を離脱した海斗の態度に疑問が浮かぶがすぐにその疑問は解消された。店員が海斗たちに話し掛ける機会を失してしまい、諦めて引き下がる姿を目にしたからだ。海斗は店員に売り込みされる前に離れたというわけだ。

 本当によく見ている。

「次は石館くんの行きたいところだよ。どこかな?」

「俺は……」

 庵はいちばん最初に行きたいと思っていた場所を脳内で変更した。海斗を誘導して向かった先は。






「ペットショップ?」

 ふたりがやってきたのはペットショップ。清潔な店内には様々なペット用具やペット用のフードが売られている。

「石館くん……? ち、ちょっと……!」

 庵は迷わず店の奥の方へと向かう。海斗も少々戸惑いながらもついていくと。

「ワンワン!」

「ワン! ワンッ!」

 何匹もの犬の元気な鳴き声が聞こえてきた。

 いちばん手前のケージの前に庵が立ち、その隣に海斗が立つと、ケージの中の柴犬は真っ先に海斗の方へとやって来て頻りに尻尾を振り立ち上がろうとした。

「懐っこいね、この仔」

「最上、ケージの周りを歩いてみろ」

「え、こう?」

 海斗が言われた通りにやってみると、柴犬はひたすら海斗の後をついていくようにケージの中を周回し始めた。

「最上は犬タラシでもあったのか」

「え、そんなことは……」

「ならば別のケージに近付いてみろ」

「あっち?」

 海斗が庵の指示通りに動いてみると。さきほどのケージの中にいた柴犬はじっと海斗の後ろ姿を見詰めている。庵には見向きもせず、海斗を見詰める眼差しは少し寂しそうだ。

「うぅ……すごい目をしてる……」

「ワンワン!」

「この仔も来ちゃった……」

 別のケージの中にいたチワワ犬がすぐさま海斗の元へとやってきて構ってくれと言わんばかりに檻越しに尻を押し付けようとしてくる。

 その姿に庵は腕を緩やかに組んで感嘆した。

「動物に好かれやすいというのは本当だったんだな」

「ま、まさかそれを確かめたかったの?」

「実際に見てみるまでは半信半疑でな。次はあの猫のところ」

「石館くん、遊んでるね!?」

 庵に背を押された先でも、海斗はガラスのショーケース越しとはいえ仔猫にやけに纏わりつかれ、何度も愛らしい鳴き声を出されては動物たちの可愛さに悶々としていた。

 海斗とは住む世界が違う。取っ付きにくいであろう庵にもこんなにも分け隔てなく接してくれる。成績が優秀であるのはもう分かっていることであり、人間性も悪いやつではない。学友だけではなく動物にも好かれることからもそれは明らかだ。

 共に過ごすこの時間も不思議と悪くない。

「…………」

 動物と戯れる海斗を眺めながら、庵の表情は曇る。悪くない、と。そう考えてしまった自分自身が、不可解で。そして不気味で。

 海斗は、妬ましい存在だ。庵には辿り着けない域に容易に届いてしまう。庵が何年も積み重ねてきた努力の結果を、簡単に追い越してしまう。もしかしたら海斗も並々ならぬ努力を重ねているのかもしれない、むしろそうであってほしいのに。海斗にはそんな素振りがない。

 これが、所謂天才というやつなのだろうか。

 庵は『持たざる者』としての劣等感に苛まれた。

「石館くん。少し疲れたかい? 移動しようか」

「ん……いや、大丈夫だ」

「本当に?」

「ああ」

 本当に、よく見ている。

 当たり前に向けてくる心遣いが。自分にはできていなかったことを簡単にやってのける海斗が。妬ましい。どうしてこんなにも苛立ってしまうのかも、分からない。

 空気を悪くしてしまうのは庵の本意ではない。庵はひとつ呼吸を整え、本来行きたかった場所をリクエストすることにした。

「本屋に行きたいのだが、構わないか?」

「うん、もちろんだよ。……あ、今日はありがとうねー」

 ペットショップを立ち去る間際、海斗が最初に接した柴犬に声を掛けるとその犬は元気良く応えて鳴いた。

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