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喫茶 停車場  作者: みそのKS


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6/22

第六話 笑い話になるまで


翌週の木曜日。


高橋は本当に来た。


午後一時。


ほぼ同じ時間。


ほぼ同じ服装。


ほぼ同じ顔。


違うのは持っていた紙袋だけだった。


「なんだそれ」


「じゃがいも」


「いらん」


「うまいぞ」


「そういう問題じゃない」


高橋は聞いていない。


昔からそうだ。


勝手に持ってきて。


勝手に置いていく。


結局、紙袋は厨房の隅に置かれた。


どうせ家に持って帰ることになる。


「奥さんに怒られそうですね」


窓際から声がした。


若い男だ。


最近は週に二、三回来るようになった。


高橋が首を傾げる。


「奥さん?」


男は気まずそうな顔になった。


俺も少し笑う。


「いない」


「え?」


「五年前に死んだ」


店内に少しだけ沈黙が落ちる。


若い男が慌てて頭を下げた。


「すみません」


「気にするな」


本当に気にしていない。


五年経つ。


悲しいは悲しい。


だが、それだけでもない。


人間は案外しぶとい。


寂しさを抱えたままでも飯を食うし、笑うし、生きていく。


高橋がコーヒーを飲みながら言った。


「強かったよな」


「ああ」


「俺より怖かった」


「それはない」


「ある」


若い男は興味深そうに聞いている。


高橋は続けた。


「昔な」


嫌な予感がした。


「こいつ…マスターな」


「やめろ」


「好きな女に振られて落ち込んでたんだ」


「やめろ」


「一週間くらい魂抜けてた」


「帰れ」


若い男が吹き出した。


高橋は楽しそうだ。


完全に楽しんでいる。


「本当ですか?」


「嘘だ」


「本当だ」


「嘘だ」


「本当だ」


どっちなんですか、と若い男が笑う。


結局。


本当だった。


若い頃の俺は。


今思えば驚くほど単純だった。


好きになった。


振られた。


落ち込んだ。


それだけだ。


高橋が言う。


「そのあと奥さんと結婚したんだよな」


「そうだな」


「人生分からんもんだ」


俺も頷く。


本当にそうだ。


振られた時は終わったと思った。


若い頃なんてそんなものだ。


だが人生は終わらなかった。


そのあと別の出会いがあった。


結婚した。


子供が生まれた。


店を始めた。


そして今がある。


若い男が黙って聞いている。


何か考えている顔だった。


「どうした」


俺が聞く。


男は少し迷ってから答えた。


「彼女と別れたばかりなんです」


なるほど。


そういう顔だったか。


高橋が俺を見る。


俺が高橋を見る。


お互い同じことを考えていた。


余計なことは言うな。


だが高橋は高橋だ。


言った。


「終わりじゃないぞ」


男が顔を上げる。


「え?」


「その時は終わりだと思うけどな」


高橋はコーヒーを飲む。


「大体終わらん」


男は黙る。


高橋は続ける。


「俺も離婚した」


「え?」


「三十年前にな」


「そんな昔ですか」


「そうだ」


高橋は笑う。


「今じゃ笑い話だ」


店内に静かな時間が流れる。


窓の外では小学生が走っている。


信号待ちの車が見える。


いつもの景色だ。


若い男がぽつりと言った。


「みんな色々あるんですね」


俺は笑った。


「だから最初に言っただろ」


「何をです?」


「人生なんて失敗ばっかりだ」


男が笑う。


高橋も笑う。


俺も少し笑う。


不思議なものだ。


昔は本気で泣いたことも。


何十年も経てばコーヒー飲みながら話せる。


だから人間は面白い。


その時だった。


カラン。


ドアベルが鳴った。


見慣れない女性が入ってくる。


六十代くらい。


品の良い服装。


少し緊張した顔。


店内を見回す。


そして。


壁の集合写真を見た。


女性の足が止まる。


次の瞬間。


女性はゆっくり呟いた。


「まだ飾ってあるんだ」


俺の手が止まった。


高橋も止まった。


女性は写真を見たまま。


少しだけ笑った。


後列の端。


あの場所に立っていた頃と同じ笑顔だった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


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