磯山④ 缶コーヒー
木曜日だった。
午後の停車場。
若い男はカウンターの中でコーヒーを淹れるマスターを見ていた。
「高橋さん。」
「なんだ。」
「みんな、仕事が終わるとここへ集まりますよね。」
「ああ。」
「昔からですか。」
高橋はコーヒーカップを持ち上げ、小さく笑った。
「あいつがいたからな。」
若い男はカウンターの中へ目を向ける。
マスターは何も言わず、静かにコーヒーを淹れている。
「昔も、あんな感じだった。」
◇
夕方。
仕事を終えた車庫。
荷物を降ろし終えた四人が、それぞれ缶コーヒーを手にしていた。
「お疲れ。」
一本ずつ渡していく。
「ありがとう。」
磯山は受け取ると、すぐにプルタブを開けた。
「うまい!」
「まだ飲んでないだろ。」
高橋が笑う。
「雰囲気です。」
「便利な言葉だ。」
柴田も吹き出した。
四人は荷台へ腰を下ろした。
夕日が車庫を赤く染めている。
誰も急いで帰ろうとしない。
缶コーヒーを飲みながら、ぼんやり空を見上げていた。
「なぁ。」
磯山が口を開く。
「宝くじ当たったら何する?」
「働く。」
高橋が即答する。
「夢ないなぁ。」
「仕事嫌いじゃない。」
磯山は笑って隣を見る。
「お前は?」
「考えたことない。」
短い返事だった。
「絶対あるだろ。」
「ない。」
柴田が笑う。
「らしいな。」
「柴田は?」
「カメラ買う。」
「また?」
「また。」
みんなが笑った。
「佐伯。」
「家族で旅行。」
「それもいいなぁ。」
磯山は嬉しそうに頷く。
「で、お前は?」
高橋が聞いた。
磯山は少しだけ空を見上げた。
「走る。」
「それだけか。」
「日本中。」
「北海道も。」
「九州も。」
「全部。」
少し照れくさそうに笑う。
「知らない町を走って。」
「知らない人に会って。」
「また帰ってきて。」
一拍置く。
「また走る。」
誰も笑わなかった。
あまりにも磯山らしい夢だった。
隣で缶コーヒーを飲んでいた青年が、小さく笑う。
「お前らしい。」
磯山も笑った。
「そうですか?」
「ああ。」
「走ってる時が、一番楽しそうだ。」
その言葉に、磯山は少し照れたように笑った。
「分かります?」
「分かる。」
短い返事だった。
でも、それで十分だった。
夕日が少しずつ傾いていく。
誰も「帰ろう」とは言わない。
話す人。
笑う人。
黙って聞く人。
あの頃から、それぞれの役割は変わっていなかった。
◇
「昔から。」
若い男が呟く。
「みんな、あの人のところへ集まってたんですね。」
高橋は静かに頷いた。
「ああ。」
「別に呼ばれたわけじゃない。」
「気が付けば。」
一度だけカウンターの中を見る。
「そこにいた。」
マスターは何も言わない。
ただ静かに、コーヒーを淹れていた。
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