表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喫茶 停車場  作者: みそのKS


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/22

第四話 日曜日の港


日曜日は朝から晴れていた。


店は休みだ。


昔は休みの日なんて嬉しかった。


今はそうでもない。


歳を取ると、休みも平日も大して変わらなくなる。


朝から落ち着かなかった。


コーヒーを飲む。


新聞を読む。


テレビをつける。


消す。


結局何も頭に入らない。


昼前になって観念した。


車のキーを手に取る。


「行くだけだ」


誰に言うでもなく呟く。


会うと決めたわけじゃない。


顔を見るだけだ。


そういうことにしておいた。


港までは三十分ほどだった。


海が見えてくる。


潮の匂いがする。


昔は毎日のように来ていた場所だ。


今は年に数回程度。


景色は変わった。


倉庫も増えた。


道路も広くなった。


だが空だけは変わらない。


待ち合わせの岸壁には。


すでに老人がいた。


例の常連だ。


「遅い」


「早すぎるんだ」


「三十分前だぞ」


「暇人か」


「お前も来たじゃねえか」


それは言わない約束だろう。


老人は笑った。


そして少し離れた場所を顎で示す。


「あそこだ」


俺は視線を向けた。


一人の男が海を見ていた。


背中が大きい。


昔より少し丸くなった気もする。


白髪。


作業着。


腕組み。


その立ち方だけで分かった。


高橋だった。


三十年ぶりなのに。


不思議なくらいすぐ分かった。


老人が言う。


「行けよ」


「子供じゃないんだぞ」


「知ってる」


「じゃあ行け」


本当に余計な男だ。


俺はため息をつきながら歩き出した。


距離が縮まる。


十メートル。


五メートル。


三メートル。


高橋が振り返った。


目が合う。


数秒。


お互い何も言わない。


そして。


「よう」


高橋が言った。


「おう」


俺が答えた。


それだけだった。


三十年ぶりなのに。


たったそれだけ。


だが十分だった。


高橋が笑う。


昔と同じ笑い方だった。


「老けたな」


「お前もな」


「太ったな」


「余計だ」


「ははは」


笑い声が海に消える。


気付けば。


三十年なんて無かったみたいに話していた。


仕事のこと。


家族のこと。


身体のガタのこと。


血圧のこと。


薬のこと。


話題が完全に年寄りだった。


高橋が言う。


「まだ運転してるぞ」


「本当か」


「たまにな」


「好きだな」


「お前も免許更新してるだろ」


俺は黙った。


高橋が笑う。


昔から全部お見通しだ。


しばらくして。


高橋が海を見ながら言った。


「会わなかったな」


「そうだな」


「別に喧嘩したわけじゃないのに」


「そうだな」


また沈黙。


波の音だけが聞こえる。


高橋は続けた。


「俺な」


「ん?」


「たまに店の前まで行ってた」


俺は思わず顔を向けた。


「は?」


「三回くらい」


「なんで入らない」


「なんとなく」


俺は呆れた。


高橋も苦笑する。


「お前は?」


「二回くらい」


「ん?」


「会いに行こうとした」


今度は高橋が呆れた。


「お前もか」


「お前もじゃねえ」


二人で笑った。


本当に馬鹿らしい。


会えば五分で済む話なのに。


三十年もかけている。


風が吹く。


海面が揺れる。


高橋が言った。


「店、続けろよ」


「急だな」


「いい店なんだろ」


「まあな」


「今度コーヒー飲みに行く」


俺は頷いた。


「来い」


高橋も頷く。


その時だった。


ポケットのスマホが震える。


見ると若い男からだった。


メッセージが一件。


『転職先、決まりました』


短い文章。


だが少し嬉しそうだった。


俺は思わず笑う。


「なんだ」


高橋が聞く。


「客だ」


「客?」


「人生変わるらしい」


高橋は少し考えたあと。


海を見ながら言った。


「変わる時は変わるもんだ」


俺は頷いた。


三十年ぶりの再会も。


若い男の転職も。


結局は同じなのかもしれない。


人生は。


案外、急に動き出す。


港の空は高かった。


そして。


思っていたよりずっと青かった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


続きが気になりましたら、ブックマークや評価をいただけると筆者がとても喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ