外伝23 夏の一杯
七月の暑い日だった。
店の扉を開けると、いつものジャズが流れている。
若い男は何となく店内を見回した。
壁の写真に目が止まる。
トレーラーの前で撮った。
高橋から聞いた話を思い出す。
若い男は少しだけ笑った。
コトッ。
目の前にコーヒーが置かれる。
「頼んでません。」
「知ってる。」
若い男は苦笑いした。
「ありがとうございます。」
席に座ると、入口の黒板が目に入る。
**本日のおすすめ アイスコーヒー**
「マスター。」
「なんだ。」
「アイスコーヒーって飲めます?」
「飲める。」
「じゃなくて。」
若い男は笑う。
「どうやって作るんですか。」
「見てろ。」
マスターはグラスを取り出す。
氷を入れる。
カラン。
店の中に涼しい音が響く。
熱いコーヒーを静かに落としていく。
若い男は思わず言った。
「急に冷やすんですね。」
「そうだ。」
「難しくないですか。」
「難しい。」
「あ、やっぱり。」
「失敗もする。」
若い男は笑った。
「マスターでもですか。」
「する。」
出来上がったグラスが置かれる。
「飲んでみろ。」
若い男は一口飲んだ。
「おいしい。」
「ありがとう。」
珍しくマスターがお礼を言った。
若い男は少し驚く。
「マスターでも、お礼言うんですね。」
「言う。」
「うまいって言われたから。」
二人とも笑った。
若い男はアイスコーヒーを眺める。
「ホットと同じ豆ですか。」
「同じ。」
「でも味が違います。」
「違う。」
「どうしてです?」
マスターはグラスを拭きながら答えた。
「相手が違う。」
若い男は首をかしげる。
「相手?」
「暑い日に。」
マスターは入口の外を見る。
「熱いコーヒーばかりじゃ。」
「かわいそうだ。」
若い男は思わず笑う。
「コーヒーじゃなくて、人なんですね。」
「そうだ。」
少し間があく。
「コーヒーは。」
「飲む人のものだ。」
若い男はその言葉を繰り返す。
「飲む人のもの……。」
「作る人のものじゃない。」
店の中にはジャズが流れている。
窓の外では、真夏の日差しが道路を照らしていた。
若い男はグラスを飲み干す。
冷たかった。
でも、不思議と温かい気持ちになった。
「ごちそうさまでした。」
マスターはカップを棚へ戻しながら、小さく笑う。
「また来い。」
「はい。」
若い男も笑った。
今日も停車場だった。
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