高橋⑥
木曜日だった。
午後の停車場。
いつものように、高橋は新聞を広げている。
若い男はコーヒーを飲みながら聞いた。
「会社って、誰が役割を決めたんですか?」
高橋は新聞から目を離さない。
「決めてない。」
「え?」
「気が付いたら決まってた。」
若い男は首をかしげる。
「そんなものなんですか。」
「ああ。」
高橋はコーヒーを一口飲む。
「磯山は運転が好きだった。」
「だから、誰よりも走ってた。」
「柴田は目立つの嫌いだからな。」
「いつの間にか裏方になってた。」
若い男は笑う。
「何となく想像できます。」
「俺は運転より、人と話す方が向いてた。」
「だから電話も営業も、自然と俺になった。」
店の中にジャズが流れる。
若い男はカウンターのマスターを見る。
「マスターは?」
高橋も振り向いた。
「あいつは数字だった。」
「帳面を見るのが苦じゃない。」
「毎日伝票とにらめっこしてても平気。」
若い男は苦笑した。
「それはすごいですね。」
「俺なら一日で嫌になる。」
高橋も笑う。
「俺もだ。」
その時だった。
マスターがコーヒーを置きながら言う。
「嫌なら続かない。」
店が静かになる。
若い男はその言葉を繰り返した。
「嫌なら……続かない。」
マスターはそれ以上話さない。
高橋が小さく頷く。
「あいつな。」
「好きとも言わん。」
「嫌いとも言わん。」
「でも、四十年近く数字を見てる。」
若い男は思わず笑った。
「それが答えですね。」
高橋も笑う。
「そういうことだ。」
窓の外を、一台のトラックが通り過ぎていく。
昔とは形も色も違う。
それでも、高橋はその音を聞くと、少しだけ外を見る癖が残っていた。
若い男は、その姿を見て思う。
好きなものは、
案外、長く変わらないのかもしれない。
店の時計が、小さく時を刻む。
マスターは洗い終えたカップを棚へ戻した。
静かな音が店に響く。
「向いてることは。」
誰に言うでもなく、マスターが口を開く。
「続けた先で分かる。」
高橋は笑って頷いた。
「そうだな。」
若い男はコーヒーを飲む。
少し冷めていた。
でも、不思議とおいしかった。
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