高橋⑤
木曜日だった。
午後の停車場。
高橋は新聞を読み終え、コーヒーカップに手を伸ばした。
若い男は壁の写真を眺めながら尋ねる。
「最初の仕事が終わって、それからは順調だったんですか?」
高橋は首を横に振る。
「順調なんて言えん。」
「仕事はあったり、なかったり。」
「暇な日は掃除ばかりしてた。」
若い男は苦笑する。
「会社って、そんなものなんですね。」
「そんなもんだ。」
高橋はコーヒーを一口飲んだ。
「でもな。」
「仕事がない日は暇だったけど。」
「無駄じゃなかった。」
「どうしてですか?」
「四人で会社を作ってたからだ。」
若い男は首をかしげる。
「会社を作るって、仕事を取ることじゃないんですか?」
高橋は静かに笑った。
「それだけじゃない。」
「磯山は朝一番に来て、トラックを磨く。」
「柴田は工具を並べて、足りないものを揃える。」
「俺は電話番。」
「マスターは帳面を付ける。」
「誰に言われたわけでもない。」
「気付いたら、それぞれ動いてた。」
少し間を置いて、高橋が笑う。
「昼になるとな。」
「四人で弁当食ってた。」
「机が一つしかなくてな。」
「交代で使ってた。」
若い男も笑う。
「不便ですね。」
「不便だった。」
「でも、不思議と嫌じゃなかった。」
高橋は懐かしそうに続ける。
「磯山は飯を食うのが早い。」
「食ったらすぐトラックを見に行く。」
「柴田は最後まで黙って食う。」
「弁当箱まできれいにする。」
若い男は思わず笑った。
「何となく想像できます。」
「マスターは?」
高橋はカウンターを見る。
「帳面を見ながら食ってた。」
その時だった。
マスターが小さく口を開く。
「冷める。」
高橋が吹き出す。
「そうそう。」
「あいつ、弁当が冷めても気にしない。」
「数字の方が気になるんだ。」
若い男はマスターを見る。
今もカウンターの中で静かに店を見渡している。
昔から、きっと何も変わっていないのだろう。
笑い声が静かに消える。
店にはジャズだけが流れていた。
しばらくして、高橋がぽつりと言う。
「会社ってな。」
若い男は顔を上げる。
「誰が社長かじゃない。」
「誰が偉いかでもない。」
「同じ方向を向いてるか。」
「それだけだった。」
若い男は何も言わなかった。
その言葉は、仕事だけじゃないような気がした。
店の時計が、小さく時を刻む。
マスターは洗い終えたカップを棚へ戻す。
乾いた音が、静かな店に響いた。
「仲間がいると。」
誰に言うでもなく、マスターが口を開く。
「少しくらい遠回りしても。」
一拍置いて。
「悪くない。」
高橋は新聞を開きながら笑う。
「そうだな。」
若い男はコーヒーを一口飲む。
今日のコーヒーは、
少しだけ温かく感じた。
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