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喫茶 停車場  作者: みそのKS


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外伝22 高橋


木曜日だった。


午後の停車場。


ジャズが静かに流れている。


窓から差し込む陽射しは柔らかく、店の中だけ時間がゆっくり流れているようだった。


カラン。


ドアベルが鳴る。


「こんにちは」


若い男が入ってくる。


「おう」


マスターはカウンターの中でカップを磨いていた。


いつもの席には高橋。


新聞を広げ、コーヒーを飲んでいる。


それもいつもの光景だった。


若い男が席に座る。


間もなく、頼んでもいないコーヒーが目の前に置かれる。


「どうぞ」


「頼んでません」


「知ってる」


高橋が新聞から目を離さないまま笑う。


「もう挨拶みたいなもんだな」


若い男も笑った。


「本当にそうですね」


店内は静かだった。


新聞をめくる音。


カップを置く音。


ジャズ。


それだけだった。


若い男は何気なく高橋を見た。


毎週木曜日になると必ず来る。


新聞を読み、コーヒーを飲み、マスターと少し話す。


でも。


そういえば。


何も知らない。


「高橋さん」


新聞が少し下がる。


「なんだ」


「前から気になってたんですけど」


「うん」


「お仕事って何してるんですか?」


少しだけ沈黙が流れた。


高橋は新聞をたたみ、コーヒーを一口飲む。


「運送屋だ」


それだけだった。


若い男は首をかしげる。


「いや、それじゃ分からないですよ」


高橋は苦笑いする。


「そうか?」


「運転手ですか?」


「違う」


「事務ですか?」


「違う」


「営業?」


「違う」


若い男は腕を組む。


「じゃあ何なんですか」


高橋は困ったようにマスターを見る。


マスターはコーヒーを淹れながら答えた。


「専務だ」


若い男の動きが止まる。


「……え?」


高橋は頭をかいた。


「言うなよ」


「聞かれた」


「それはそうだけど」


若い男は高橋とマスターを見比べる。


「専務って……会社の専務ですか?」


「そうだ」


マスターが答える。


「え?」


思わずもう一度聞いてしまう。


高橋は照れくさそうに笑った。


「大したもんじゃない」


「いや、大したもんですよ」


若い男には想像もしていなかった。


毎週新聞を読んでいる穏やかなおじさん。


そのくらいの印象しかなかった。


「会社って大きいんですか?」


高橋は少し考えた。


「普通だな」


マスターがぼそりと言う。


「社員三十人くらいだ」


「え?」


若い男は目を丸くする。


「普通なんですか?」


高橋は笑う。


「もっと大きい会社はいくらでもある」


「社長さんはどんな人なんです?」


高橋は少しだけ表情を変えた。


「変わった奴だ」


マスターが頷く。


「変わってるな」


「マスターが言うんですか」


思わず笑ってしまう。


「名前は?」


「磯山」


初めて聞く名前だった。


「昔からの付き合いですか?」


高橋は頷く。


「長いな」


「どれくらいです?」


「四十年くらいか」


若い男は思わず息をのんだ。


四十年。


自分の人生より長い。


その時間を一緒に仕事してきたということか。


「もう一人いる」


高橋がぽつりと言う。


「え?」


「取締役」


「柴田だ」


マスターが付け加えた。


また知らない名前が増えた。


この店へ来るようになってから、不思議なことばかりだ。


喫茶店なのに簿記を教え。


Excelを組み。


大型免許を持ち。


けん引まで運転できるマスター。


そして今度は、毎週新聞を読んでいる高橋が運送会社の専務だった。


若い男は苦笑いする。


「この店って、本当に喫茶店なんですか?」


マスターは何も考えずに答えた。


「喫茶店だ」


高橋が笑う。


「そこだけは間違いない」


ジャズが静かに流れる。


若い男はコーヒーを一口飲んだ。


新聞を読む高橋は、


昨日までと何も変わらない。


なのに。


少しだけ違って見えた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


続きが気になりましたら、ブックマークや評価をいただけると筆者がとても喜びます。

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