外伝16 偶然の出会い
午後だった。
カラン。
ドアベルが鳴る。
若い男が店に入る。
高橋はいつもの席。
マスターはカウンターの中。
窓際には女子高生。
文庫本を読んでいる。
いつもの停車場だった。
「こんにちは」
「おう」
「よう」
若い男が席に着く。
頼んでもいないコーヒーが置かれる。
「どうぞ」
「頼んでません」
「知ってる」
いつもの流れだった。
女子高生は本を読んでいる。
高橋は新聞。
マスターはカップを磨いている。
静かな午後だった。
カラン。
再びドアベルが鳴る。
入ってきたのはサラリーマン風の男だった。
若い男は覚えている。
以前、Excelの関数を教わりに来た人だ。
ノートパソコンを抱えて困っていた人。
「こんにちは」
「おう」
マスターが答える。
サラリーマン風の男は空いている席を探す。
その時だった。
窓際の女子高生が顔を上げる。
そして固まった。
サラリーマン風の男も固まる。
数秒。
沈黙。
女子高生が口を開く。
「あ、パ……」
言葉が止まる。
店内を見回す。
若い男。
高橋。
マスター。
みんながいる。
女子高生は小さく咳払いをした。
「……お父さん」
サラリーマン風の男が目を丸くする。
「あやね?」
若い男が二人を見比べる。
「え?」
高橋も新聞を下ろした。
「娘か?」
「娘です」
サラリーマン風の男が照れくさそうに答える。
女子高生も恥ずかしそうに頷いた。
若い男は改めて二人を見る。
言われてみれば似ている。
目元も。
笑い方も。
でも今まで全然気づかなかった。
「なんでここに?」
二人が同時に言った。
また同時だった。
若い男が吹き出す。
「それ僕も聞きたいです」
女子高生は本を閉じる。
「たまに来てます」
父親も頷く。
「私もたまに来てます」
「知らなかったのか?」
高橋が聞く。
二人とも首を横に振る。
「知らなかった」
また同時だった。
若い男は笑う。
親子だ。
マスターがサラリーマン風の男の前にコーヒーを置く。
「どうぞ」
「頼んでません」
「知ってる」
女子高生が思わず笑う。
「何それ」
「昔からだ」
高橋が言う。
父親も苦笑いしながらカップを持った。
「あやね」
「なに?」
「学校は」
「終わった」
「勉強は」
「してる」
「本当に?」
「たぶん」
若い男が笑う。
親子の会話だった。
しばらくして。
サラリーマン風の男がマスターを見る。
「そういえば」
「なんだ」
「この前教えてもらった関数」
「ああ」
「うまく動きました」
マスターは小さく頷いた。
すると父親は娘を見る。
「あやね」
「なに?」
「この人、Excelすごいんだぞ」
女子高生は首を傾げた。
「え?」
「文化祭ではコーヒーしか教えてくれなかったけど」
若い男が吹き出した。
高橋も笑う。
父親は驚いた顔で娘を見る。
「コーヒー教えてもらったのか?」
「あの日だけだけどね」
「へぇ……」
父親は改めてマスターを見る。
「何者なんですか」
マスターは少し考えた。
カップを拭きながら答える。
「喫茶店だ」
「いや、それは知ってます」
若い男がすかさず言う。
高橋が笑う。
女子高生も笑う。
父親も笑った。
マスターだけが真顔だった。
若い男は思う。
たぶん。
この店に来る人はみんな、
マスターの知らない顔を持っている。
そして。
マスターもまた、
みんなの知らない顔を持っている。
だから面白い。
今日もまた。
停車場でしか起きない偶然が、
静かに一つ増えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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