外伝15 運転手がいない
午後だった。
カラン。
ドアベルが鳴る。
「おう」
入ってきたのは老人だった。
いつものように大きな声。
いつものように豪快な笑い声。
「元気そうですね」
若い男が言う。
「そう見えるか?」
「見えます」
「騙されるな」
若い男が困る。
高橋は新聞を読みながら笑っている。
マスターはカウンターの中でコーヒーを淹れていた。
老人は席にも座らない。
店に入るなり言った。
「積載車運転してくれ」
若い男は一瞬固まる。
マスターも手を止めた。
「どうした」
老人は頭を掻いた。
「入院してる間にな」
「うん」
「息子がやらかした」
「そうか」
どうやら整備工場の仕事らしい。
納車予定と引き取り予定。
日程を重ねてしまったという。
積載車はある。
だが。
運転手がいない。
「なるほど」
マスターが頷く。
老人は続けた。
「高橋にも聞いた」
高橋が手を上げる。
「無理だ」
「知ってる」
どうやら仕事が入っているらしい。
老人はため息をついた。
「若いのがいればなぁ」
「いないのか」
「いない」
若い男は何となく話を聞いていた。
すると老人が言った。
「だからお前だ」
マスターが顔を上げる。
「俺か」
「お前だ」
「ここは喫茶店だぞ」
「知ってる」
「店主だぞ」
「知ってる」
「六十過ぎだぞ」
「知ってる」
会話が成立していた。
若い男だけが置いていかれている。
老人は指を折りながら言う。
「大型」
「持ってる」
「けん引」
「持ってる」
「積載車」
「運転できる」
「だから決まりだ」
マスターは腕を組む。
少しだけ考える。
老人は待っている。
高橋も待っている。
若い男も待っている。
やがてマスターが聞いた。
「何時だ」
老人の顔が明るくなる。
「明日の朝」
「早いな」
「仕事だからな」
マスターは小さくため息をつく。
そして。
少しだけ笑った。
本当に少しだけだった。
若い男は気付かなかった。
高橋だけが気付いた。
その顔を見て、高橋も少し笑う。
大型免許を使う機会なんて、そうそうない。
まして、けん引免許まで使う仕事などなおさらだった。
「一回だけだぞ」
マスターが言う。
老人が笑う。
「みんなそう言う」
「違う」
「そうか?」
「そうだ」
誰も信じていなかった。
若い男も。
高橋も。
老人も。
昔から知っている。
この人は頼まれると弱い。
そして。
嫌そうな顔をして引き受けた仕事ほど、少し楽しそうにやる。
それも昔から変わらない。
老人は満足そうに頷いた。
「助かる」
「朝、工場へ行けばいいな」
「ああ」
それだけで話は終わった。
老人はコーヒーも飲まずに帰っていく。
カラン。
ドアベルが鳴る。
静かになった店内。
若い男がマスターを見る。
「大型免許、まだ運転できるんですか?」
マスターはコーヒーカップを磨きながら答えた。
「体は覚えてるだろ」
高橋が笑う。
「昔はよく走ってたからな」
若い男は少しだけわくわくした。
コーヒーを淹れるマスターしか知らない。
トレーラーを引いていたマスターは知らない。
だから。
少し見てみたかった。
昔、
「いろいろやっていた」
男の姿を。
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