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第二話 集合写真の右端

翌日は晴れていた。


昨日までの雨が嘘みたいな青空だった。


開店準備を終えた頃には、近所の常連たちがいつものように店へ入ってくる。


変わらない朝。


変わらない景色。


変わらないはずだった。


「おはようございます」


昨日の若い男が来た。


窓際の席。


同じ場所。


「おう」


「また来ました」


「そうみたいだな」


男は笑った。


どうやら転職の答えはまだ出ていないらしい。


コーヒーを淹れていると、男が壁の写真を見上げた。


「昨日から気になってたんですけど」


「何が」


「この写真」


俺は顔も上げずに答える。


「古いだろ」


「みんな若いですね」


「昔だからな」


男は席を立ち、写真へ近づく。


しばらく眺めてから言った。


「真ん中がマスターですよね」


「そうだ」


「じゃあ、この人たちは?」


「仲間」


「運送会社の?」


「そんなようなもんだ」


また曖昧な返事だ。


男は慣れてきたらしい。


それ以上は聞かなかった。


だが、一人だけ気になる人物がいたようだ。


写真の右端。


少し離れた場所で腕を組んでいる大柄な男。


笑ってはいるが、どこか無愛想な顔をしている。


「この人、強そうですね」


俺は思わず写真を見た。


右端の男。


昔の相棒だった。


「強かったぞ」


「やっぱり」


「熊と喧嘩しても負けないんじゃないかって言われてた」


「本当に?」


「知らん」


男が笑う。


俺も少し笑った。


その時だった。


カラン。


ドアベルが鳴る。


昨日の老人だ。


「よう」


「おう」


老人は席へ座るなり言った。


「昨日の話な」


俺は何も答えない。


「アイツ、元気だったぞ」


若い男が興味深そうにこちらを見る。


老人は構わず続けた。


「白髪になってた」


「そりゃ三十年経てばな」


「お前もだけど」


「余計だ」


老人が笑う。


俺はコーヒーを淹れる。


できるだけ平静に。


「どこで会った」


「港」


「そうか」


「向こうもお前のこと覚えてたぞ」


少しだけ沈黙が落ちた。


老人はカップを持ち上げる。


「会うか?」


俺は答えなかった。


窓の外を見る。


六月の空。


雲がゆっくり流れている。


三十年。


言葉にすると短い。


だが人生には十分長い。


会わなくなる理由なんて色々ある。


仕事。


結婚。


引っ越し。


喧嘩。


あるいは。


もっと別の理由。


「まあ」


俺はカップを磨きながら言った。


「縁があればな」


老人は鼻で笑った。


「相変わらずだな」


「そうか」


「そうだ」


若い男は完全に話についていけていなかった。


だが、面白そうだとは思っているらしい。


「その人って、写真の人ですか?」


老人が写真を見る。


そして。


右端の男を指差した。


「そうそう。コイツ」


若い男が写真を見る。


俺を見る。


老人を見る。


「会いに行かないんですか?」


まっすぐな質問だった。


若い頃なら俺もそう聞いたかもしれない。


だが六十にもなると分かる。


会いたい相手と。


会うべき相手は。


必ずしも同じじゃない。


「さあな」


俺はそう答えた。


その時だった。


店の電話が鳴る。


滅多に鳴らない固定電話だ。


俺は受話器を取った。


「はい、停車場です」


数秒。


何も言わなかった。


いや。


言えなかった。


聞こえてきた声が。


あまりにも懐かしかったからだ。


『久しぶりだな』


店内の音が消えた気がした。


その声だけが。


三十年の時間を飛び越えて聞こえてきた。


『俺だよ』


壁の集合写真。


右端で笑っている男の顔が。


ゆっくりと記憶の中から浮かび上がった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


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