外伝10 勝手な想像
午後三時。
カラン。
ドアベルが鳴る。
若い男が店に入る。
「こんにちは」
「おう」
マスターが答える。
高橋はいつもの席にいた。
窓際。
新聞。
コーヒー。
いつもの光景だった。
若い男は席に座る。
すると。
頼んでもいないコーヒーが置かれる。
「どうぞ」
「頼んでません」
「知ってる」
いつものやり取りだった。
⸻
若い男がコーヒーを飲もうとした時。
再びドアベルが鳴った。
カラン。
女性だった。
六十代くらい。
髪は短い。
背筋が伸びている。
どこか活発そうな雰囲気。
若い男は見覚えがあった。
店の壁。
昔の写真。
トレーラーの前で笑っていた女性。
佐伯だった。
「久しぶりね」
「おう」
マスターが答える。
「久しぶりだな」
高橋も答える。
そのやり取りを見て。
若い男の頭の中で何かが動き始めた。
佐伯。
高橋。
マスター。
昔の仲間。
写真。
トレーラー。
長い付き合い。
なるほど。
なるほど?
若い男は黙ってコーヒーを飲む。
そして勝手に想像する。
若い頃。
三人は全国を走っていた。
何か大きな仕事をしていた。
命懸けの出来事があった。
友情。
裏切り。
再会。
そんな感じだろうか。
「なんか」
声がした。
若い男が顔を上げる。
佐伯がこちらを見ていた。
「誤解してる顔してるんだけど」
若い男が固まる。
「え」
高橋が吹き出した。
「分かるのか」
「分かるよ」
佐伯は笑う。
「なんか勝手に壮大な話作ってるでしょ」
図星だった。
若い男は何も言えない。
高橋がコーヒーを飲む。
「いいんだ」
「何が?」
佐伯が聞く。
「勝手に想像させろ」
若い男は助かった気がした。
だが。
佐伯は納得していない。
「いやいや」
席に座る。
「変な想像されるでしょ」
「面白いからいい」
高橋が言う。
「良くないでしょ」
「良い」
マスターは何も言わない。
コーヒーを出す。
「どうぞ」
「頼んでない」
「知ってる」
佐伯も同じだった。
若い男が笑う。
「みんなそうなんですね」
「昔からだ」
高橋が言う。
「迷惑なのよ」
佐伯が言う。
「飲んでるじゃないか」
高橋が言う。
「まあね」
結局飲んでいた。
⸻
しばらくして。
若い男は聞いてみた。
「実際、何してたんですか?」
三人が黙る。
来た。
若い男は思った。
ついに語られる。
過去が。
真実が。
佐伯がマスターを見る。
マスターが高橋を見る。
高橋が佐伯を見る。
そして。
「仕事」
高橋が言った。
終わった。
「いや、それは分かります」
若い男が言う。
佐伯が笑う。
「トレーラー乗ったり」
「はい」
「荷物運んだり」
「はい」
「ご飯食べたり」
「はい」
「寝たり」
「はい」
「そんな感じ」
若い男は納得できなかった。
絶対もっとある。
何かある。
そう思う。
だが。
三人は本当にそれ以上話さない。
⸻
夕方になった。
佐伯が帰る。
「じゃあまたね」
「おう」
「来る時連絡しろ」
高橋が言う。
「面倒ね」
「相変わらずだな」
佐伯は笑う。
会計を済ませる。
そして帰っていった。
カラン。
ドアベルが鳴る。
静かになる店内。
若い男はマスターを見る。
「本当に何も無かったんですか」
マスターは少し考えた。
窓の外を見る。
そして言った。
「どうだろうな」
若い男が身を乗り出す。
「あるんですか?」
マスターはコーヒーカップを拭く。
「忘れた」
高橋が吹き出した。
若い男も笑った。
本当に忘れたのか。
わざと言わないのか。
それは分からない。
ただ一つだけ確かなことがあった。
若い男の想像の中では。
今日も三人は伝説になっていた。
そしてたぶん。
本人たちは一生否定する。
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