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喫茶 停車場  作者: みそのKS


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外伝8 ここは喫茶店だ


午後の遅い時間だった。


店内にはジャズが流れていた。


高橋はいつもの席に座っている。


コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。


マスターはカウンターの中。


いつもの停車場だった。


カラン。


ドアベルが鳴る。


高橋が顔を上げる。


マスターも見る。


入ってきたのは若い男だった。


だが。


様子がおかしい。


大きめの紙袋を抱えている。


しかも妙に気まずそうだ。


目を合わせようとしない。


それを見た瞬間。


マスターが言った。


「ここは喫茶店だ」


若い男が足を止める。


「まだ何も言ってないんですけど」


「言わなくても分かる」


マスターは真顔だった。


「ここは喫茶店だ」


「それはさっき聞きました」


若い男は苦笑いする。


紙袋はまだ抱えたままだ。


マスターはため息をついた。


「帰っていいぞ」


「酷くないですか」


「今なら許す」


「許されても困ります」


高橋が新聞の向こうで肩を震わせている。



若い男は観念した。


「甥のおもちゃが動かなくなってしまって」


マスターが黙る。


高橋も黙る。


若い男は紙袋からおもちゃを取り出した。


ミニカーを乗せる。


モーターで上へ運ぶ。


そして坂道を滑り降りる。


子供向けのおもちゃだった。


「これです」


マスターは目を閉じた。


「ここは喫茶店だ」


三回目だった。



若い男は構わず続ける。


「このモーターが動かなくなって」


「メーカーに聞け」


「古くて部品が無いらしいです」


「新しいの買え」


「甥が気に入ってまして」


マスターは黙る。


若い男も黙る。


高橋は新聞を畳んだ。



しばらくして。


マスターが立ち上がる。


「どれ」


若い男が笑う。


「ありがとうございます」


「まだやるとは言ってない」


そう言いながらおもちゃを持ち上げる。


もう半分引き受けていた。



カウンターの奥へ持っていく。


ドライバーを取り出す。


若い男が聞く。


「なんであるんですか」


「知らん」


高橋が答えた。


マスターではなく高橋が。


「ドライバーは必需品だ」


マスターは当然のように言う。


「何のですかっ」


マスターから返事はなかった。



ネジを外す。


カバーを開ける。


配線を見る。


モーターを回す。


ギアを確認する。


何度かスイッチを入れる。


そして。


マスターの指が一本の配線で止まった。


「ん」


小さく声を出す。


若い男が覗き込む。


「分かりました?」


マスターは答えない。


少し配線を引っ張る。


すると。


切れかけていた線がぽろりと外れた。



「ああ」


マスターが言った。


「断線だな」


若い男の顔が明るくなる。


「直ります?」


「たぶんな」


「本当ですか」


「ただ」


マスターは断線した配線を見る。


そして一言。


「道具がない」



若い男が首を傾げる。


「え?」


「ハンダゴテがない」


「持ってないんですか?」


マスターは真顔だった。


「喫茶店だからな」


高橋が吹き出した。


若い男も笑った。


確かにその通りだった。


マスターはおもちゃを置く。


そして店の奥へ消えた。


しばらくして戻ってくる。


手には車の鍵。


「ちょっと待ってろ」


若い男が聞く。


「どこ行くんです?」


「ホームセンター」


「買うんですか?」


「無いからな」


当たり前のように言う。


そして店を出ていった。



店内には若い男と高橋だけが残った。


若い男は苦笑いする。


「そこまでしてくれるんですね」


高橋はコーヒーを飲む。


「気分だろ」


「気分ですか」


「たぶん」


それ以上は分からなかった。



30分後。


カラン。


ドアベルが鳴る。


マスターが戻ってきた。


手にはホームセンターの袋。


若い男が笑う。


「本当に買ってきたんですか」


「無かったからな」


それだけだった。



作業が始まる。


新品のハンダゴテ。


新品のハンダ。


新品の配線。


被覆を剥く。


線を繋ぐ。


ハンダを流す。


焦げたフラックスの匂いが少しだけ漂う。


高橋が眺めている。


若い男も眺めている。


静かな時間だった。



「慣れてますね」


若い男が言う。


マスターは作業を続ける。


「まあな」


「昔やってたんですか」


「少し」


高橋が笑う。


「信用するな」


「え?」


「少しと言う時は大体かなり出来る」


マスターが睨む。


高橋は笑う。



やがて。


作業が終わる。


カバーを閉じる。


ネジを締める。


電池を入れる。


スイッチを押す。



ウィーン。



モーターが回る。


ミニカーが上へ登る。


頂上に着く。


そして。


シュッ。


勢いよく坂を滑り降りた。


若い男が立ち上がる。


「おお!」


高橋も頷く。


「直ったな」


「直ったな」


マスターは平然としていた。


まるで当たり前みたいな顔だった。



若い男はおもちゃを抱える。


「甥が喜びます」


「そうか」


「ハンダゴテ代払います」


「いらん」


「でも」


「また使うかもしれん」


若い男は笑った。


確かにそうだった。


この店なら。


また何か持ち込まれる気がする。



帰り際。


若い男は振り返る。


「ありがとうございました」


マスターは軽く手を上げる。


それだけだった。



ドアベルが鳴る。


静かになる店内。


高橋がコーヒーを飲む。


そして言った。


「次は何だろうな」


「何が」


「持ち込まれる物だ」


マスターは少し考えた。


それから言った。


「知らん」


マスターはそれだけ返した。


ジャズは変わらず流れていた。


今日もいつもの喫茶店だった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


続きが気になりましたら、ブックマークや評価をいただけると筆者がとても喜びます。

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