第九章 完成した城塞
二月後、城塞は完成した。
予定より四ヶ月早く、予算は三割減で。
高さ十五メートル、長さ三百メートルの、立派な防御要塞。
石垣の表面は、夏の太陽を反射して、白く光っていた。
胸壁の上を、見張りの兵士が、ゆっくりと歩いている。
その足元の石組みは、千年は持つだろう、と、ガロンが太鼓判を押した。
しかも、ただ積み上げただけではない。
俺はヴィルヘルム辺境伯に進言し、現代建築の知識を応用した。
胸壁の角度は、弓の射線が交差するように設計。
いわゆる、十字砲火の幾何学。
二つの胸壁から放たれる矢が、城壁前の地面で必ず交差する角度を、緻密に計算した。
城門は、二重構造で、内側に枡形――侵入してきた敵を上下左右から攻撃できる空間――を配置。
壁面には、雨水を排水するための、目立たない小さな穴を等間隔で。
現代でいう「排水勾配」と「水抜き孔」だ。
これがあれば、石垣の内部に水が溜まらず、凍結融解による剥離も防げる。
非常時の避難経路も、城内に三系統。
火災や、敵の侵入や、地震――いや、この世界に地震があるかは分からないが――に備えて、領民が避難する経路を三本用意した。
すべてが、計算され尽くされていた。
完成式典の日、王都から検分使が派遣されてきた。
検分使は、王宮魔術師長だった。
白い髭の老人。あの召喚陣にいた、神官長と並ぶ重鎮。
名はオーレウス。
王宮魔術師として五十年、王国の軍事工学と魔法防衛を一手に担ってきた、生ける伝説。
彼は馬車から降りた瞬間、城塞を見上げて、立ち尽くした。
しばらく、動かなかった。
随行の若い書記官が、心配そうに声をかけた。
「魔術師長殿、お疲れでは」
「黙れ」
オーレウスは短く答えた。
「儂は今、目で見ている景色が、信じられぬのだ」
彼は城塞を一周した。
胸壁の高さを、自前の魔法で測った。
石垣の組み方を、長い指で何度もなぞった。
城門の枡形に入って、上を見上げ、左右を見渡し、何度も何度も、頷いた。
最後に、彼は城門の枡形の中央に立った。
そこは、もし敵が侵入してきたら、上から熱湯と岩と矢が降り注ぐように設計されている空間。
オーレウスは、その天井を見上げた。
彼の手が、震えていた。
手だけではない。
膝も、震えていた。
彼は、五十年、王宮魔術師として、誰の前でも背筋を伸ばしてきた老人だった。
その彼が、今、たった一つの城門の前で、年若い少年のように、震えていた。
「……これは……」
彼は呟いた。
「これは、軍事工学の、究極だ」
彼は俺の方を振り返った。
目を、思い切り見開いて。
「田所殿、と言ったかな」
「はい」
「貴殿、本当に旅人か」
「ただの、現場のオッサンです」
「ただの現場の人間が、こんなものを設計できるはずがない」
彼は唇を噛んだ。
「儂は王宮魔術師として五十年、軍事工学を研究してきた。しかし、この城塞の前では、儂は赤子も同然だ」
彼は深々と頭を下げた。
「貴殿の知識を、ぜひ王都に持ち帰らせていただきたい。王国軍の防衛工事に、活かしたい」
「私の知識ではなく、共に働いてくれたガロン親方たちの腕です」
「いや、違う。これは、貴殿の頭の中の何かだ」
魔術師長は、深く息を吐いた。
「王宮に戻ったら、儂は王に申し上げる。『勇者よりも、その従者を呼び戻すべきだ』と」
彼が王都に戻った数日後――。
王都から、急使が辺境伯城に駆け込んできた。
その急使は、馬から降りた瞬間に倒れ込んだ。
「魔王軍が……南東国境を、突破……。勇者様……勇者様が、無謀な突撃を命じ……王国軍主力、壊滅、寸前……!」
ヴィルヘルム辺境伯は、椅子から立ち上がった。
彼は俺を見た。
その目に、覚悟と、苦悩と、そして信頼があった。
「田所殿」
「はい」
「王国を、お救いいただけるか」
俺は、深く息を吸った。
窓の外で、北風が吹いていた。
完成したばかりの城塞の旗が、はためいている。




