第八章 歩掛と原価管理の革命
ゴブリン撃退から一週間。
俺はガロン親方たちと共に、城塞改修を本格的に推し進めていた。
「あんた、本当にこの作業効率を、もっと上げられると言うのか」
ガロンが、夕食の席で訝しげに問うた。
俺は頷いた。
「ガロンさん。一人の石工が、一日にどれだけ石を積めるか、ご存知ですか」
「日によって違うわ。気分にもよる」
「それです」
俺は羊皮紙を広げた。
「これからは、毎日、誰が、何を、何個積んだかを記録します。一週間分のデータを取れば、平均値が出る。それを『歩掛』と呼びます」
「ぶがかり、ですか」
リーンハルトが顔を覗き込んだ。
「はい。一人の作業員が、単位時間で、どれだけの作業をできるかを示す数字です。これを使えば、『この工事に何日かかるか』を正確に予測できます」
「予測できる、ということは」
リーンハルトの目が見開かれる。
「予算が、組める……ということですか?」
「正解です」
「では」と彼女は震える声で言った。
「我が領が毎年、なぜ予算超過で工事が止まるのか、その理由が分かりました。最初から、正確な工期も、人数も、必要な石材の量も、計算していなかったのです」
「ええ」
俺は静かに頷いた。
「次に、原価管理です。資材の購入から実際に積むまで、どこで無駄が出ているか、すべて記録します。歩留まり――つまり、買った石のうち、実際に使えた割合――これを上げれば、同じ予算でもっと多く積めます」
「うちの石は、半分くらい割れて使えなかったがな」
ガロンが顎髭をしごいた。
「それは、運搬経路と、保管方法のせいです。明日、改善します」
翌朝、俺は石材搬入経路を歩いて視察した。
採石場から城塞まで、三里の山道。荷馬車が、石灰岩の塊を積んで、悪路を運んでくる。
道のあちこちに、わざわざ大きな段差や急カーブがある。
それは、何百年も前に「魔物の侵入を防ぐため」に設計された街道だった。確かに防御的には正しい。だが石材運搬には最悪だった。
「ガロンさん、ここに簡易な木製のスロープを掛けます。荷物の振動を減らせば、石が割れる率が半分になります」
「だが、敵の侵入が」
「スロープは取り外し可能にします。夜間と、敵襲時には外せばいい」
「……人族の旦那、あんたの頭の中はどうなってるんだ」
俺は笑った。
「現場で十年、職人さんたちと同じものを見続けると、こういうのが自然に見えるようになるんです」
三週間が過ぎた。
城塞は、目に見えて伸びていた。
石材の使用効率は、五割から八割に上昇。
予算は、最初の見積もりの三割減で進行。
ある日、辺境伯領に出入りする隊商の長が、現場を見て腰を抜かしそうになった。
彼の名は商人ザックという。代々、辺境と王都を結ぶ大型商隊を取り仕切る一族の長。
「お、お頼み申す! この『歩掛』というものを、私の商隊にも教えていただけないだろうか!」
彼は手震えと共に、俺に向かって帳簿を差し出してきた。
「私の商隊、いつも仕入れと売値の計算がどんぶり勘定で、利益が不安定で……」
俺は彼の帳簿を一目見て、原価の算出方法と、利益率の計算式を教えた。
仕入原価、輸送費、人件費、損耗率、想定売価、粗利益率。
商業簿記の、ごく基本。
商人の顔が、青ざめ、そして紅潮した。
「こ、これは……我が一族に伝わる秘伝の魔導書ですか!」
「いや、ただの会計です」
「うちの帳簿、ぜひ田所様にお預けしたい! 謝礼は、城塞改修の資材ですべて補填します!」
彼は震える手で帳簿を握りしめ、その夜のうちに、王都まで早馬で駆け戻った。
一週間後。
辺境伯領に、商人ザックが大量の資材と、十二名の若い徒弟を引き連れて戻ってきた。
「田所様! 弊商隊、この原価計算法を導入したところ、わずか七日で粗利益が三割増えました! ぜひ、この『田所式商業計算法』を、王国中の商業ギルドに伝授していただきたいのです!」
俺は丁寧に断った。
「私は冒険者ではありませんし、商業ギルドの教師でもありません。ただ、その帳簿の付け方は、誰でも学べるものなので、ぜひ広めてください」
ザックは目に涙を浮かべて、深く頭を下げた。
「田所様……あなたは、ご自分が誰なのか、本当に、お分かりではないようだ」
「現場のオッサンですよ」
ザックは首を横に振り、笑った。
「あなたは、王国の、商業革命を起こされた御方ですよ」
その夜、辺境伯城の食堂で、ヴィルヘルム辺境伯――リーンハルトの父――が、俺を呼んだ。
頬に古い剣の傷を持つ、五十がらみの武人だった。
「田所殿。商隊長から請願書が届いた」
辺境伯は、その羊皮紙を俺の前に置いた。
「『田所殿を商業ギルドの顧問として、終身、お抱え願いたい』、と」
「は」
「同時に、ガロン親方と石工組合からも『田所殿を石工棟梁として推挙する』との連名状が来た」
「は」
「これは何だ?」
辺境伯は俺を真っ直ぐに見た。
「貴公、本当に何者なのだ」
「ただの旅人です」
「王都から流れてきた『お荷物の従者』が、たった一月で、この辺境を、変えた」
辺境伯はゆっくりと立ち上がり、俺の前に立った。
「もう一度問う。貴公、何者か」
俺は答えに迷った。
でも、リーンハルトが、隣で頷いていた。
言っていいよ、と、その目が告げていた。
俺は、初めて、自分のことを語った。
異世界の話を。ゼネコンという仕事を。三十五年生きてきた、自分のことを。
辺境伯は黙って聞いていた。
話が終わると、彼は深く溜息をついた。
「……王都の連中は」
彼は天を仰いだ。
「我が王国の救世主を、無能の従者だと、北の辺境に流したのか」
彼の声に、怒りと、苦笑と、深い疲労が混じっていた。
「あれを、手放したのか、あの愚か者どもは」




