第二十章 神島翔太、その工期の果てに
戦は終わった。
魔王軍の壊滅が伝わると、各地で反撃が始まり、二週間のうちに王国の全戦線が回復した。
俺たちは王都に凱旋した。
王都の城門には、王自らが立っていた。
その後ろに、宰相、貴族たち、王宮魔術師長。
全員が、俺たちが入城する瞬間を、待っていた。
城門をくぐる時、リーンハルトが、俺の隣に並んだ。
彼女の銀髪が、王都の風に揺れた。
通りには、市民たちが溢れていた。
俺たちを見て、皆が、声を張り上げた。
「現場の方ーっ!」
「ご無事でー!」
誰かが、もう、俺の名前を「現場の方」と呼んでいた。
「勇者」でも、「救世主」でもなく。
市民たちの中には、難民もいた。
あの、王都を出た時に城外で見た、ぼろをまとった人々が、城門の中に、入っていた。
戦争の終結と共に、彼らは、王都に受け入れられたらしい。
俺は、彼らに向かって、深く一礼した。
神島は捕縛されたまま、王都の貴族院に送られた。
彼は、すべての罪状で裁かれた。
王国軍主力を意図的に壊滅させた罪。
魔王軍と密通した罪。
味方の副官を背後から殺害した罪。
判決は、貴族法の最重罰だった。
ただし、王宮魔術師長の進言により、処刑ではなく、別の罰が下された。
崩壊した死霊回廊の最深部、時間流が極端に遅い空間に、永世封印。
そこは、彼が殺した不死兵たちの魂が、無数に彷徨う場所だった。
永遠と感じるほど長い時間を、彼は、自分が殺した者たちと、対峙し続ける。
逃げることも、忘れることも、できない。
ただ、自分の行いを、引き受けるしかない。
それが、彼に課された、本当の罰だった。
神島は、引きずられながら、最後まで叫んでいた。
「俺は勇者だぞ! 俺は選ばれたんだ! なんでお前みたいなオッサンが――!」
彼の叫びは、最後まで、責任ではなく、地位への執着で、満ちていた。
彼は、最後まで、何も学べなかった。
いつか、彼が学ぶ日が、来るかもしれない。
来ないかもしれない。
俺は、彼を見送った。
怒りはなかった。
憐れみさえ、なかった。
ただ、深い、深い、静けさだけがあった。
神島が連れていかれた後、王宮魔術師長が俺の隣に立った。
「田所殿。あの男は、いつか、自分の罪に向き合うでしょうか」
「向き合わなければ、あの空間からは出られない。そういう罰でしょう」
「左様」
「彼が、いつか、自分の言葉で、本当に詫びることができたら、私は許そうと思います」
魔術師長は深く頷いた。
「貴公は、強い御方だ」
「いえ」
俺は首を横に振った。
「私は、ただの、現場のオッサンです」
翌日。
王都の大広間で、王自らが俺を呼んだ。
王都の大広間は、俺が召喚されたあの円形の広間とは別の、もっと荘厳な空間だった。
白い大理石の柱が、天井までそびえる。
巨大なステンドグラスから、午後の光が、色とりどりに床を染めていた。
壁には、歴代の王の肖像画が並んでいた。
俺は、その空間の中央に、立たされた。
左右に、王国の貴族たち。
全員が、俺を見ていた。
あの召喚の日、俺を「お荷物の従者」と呼んで、見もしなかった、貴族たちが。
「田所健司殿」
王は玉座から立ち上がり、俺の前で頭を下げた。
白髪の老王。
六十を超えた、痩せた身体。
目の下には、深い隈。
四十年、王国を背負ってきた重さが、その全身に刻まれていた。
彼の頭が下がる。
ゆっくりと、深く。
「我が王国を、救っていただき、感謝の言葉もない。貴公の望むものを、何なりと申されよ。爵位、領地、財宝、何でも」
大広間にいた貴族たちが、息を呑んだ。
王が、頭を下げる。
異界の旅人に対して。
彼の隣の重臣たちが、ざわめいた。
その中の一人、宰相と思われる白髪の貴族が、自分の額を手で覆い、深く長い溜息をついた。
「……あの方を」
宰相は、震える声で呟いた。
「あの方を、我らは、北の辺境に、流したのか」
「無能の従者だと、決めつけ、邪魔者扱いし、追放した、その人物が」
「我ら全員を、救うため、最も危険な場所に、その身を投じた、と」
宰相の隣で、別の貴族が、低い声で答えた。
「王宮の歴史に、永遠の汚点として、記されよう」
「我らが、何を見抜けなかったか」
彼らの呟きが、大広間の沈黙の中に、波紋のように広がっていった。
俺は、深く一礼した。
「陛下。私には、欲しいものは、何もありません」
「な、何もない、と」
「私は、もうすぐ、元の世界に帰ります」
ざわめきが、広間に走った。
王宮魔術師長が、深く頷いた。
「死霊回廊の魔力が、解放されたことで、異界への扉が、一時的に開いております。田所殿が望まれれば、元の世界へ戻ることが、可能でございます」
王は唇を噛んだ。
「貴公を……失うのか」
「陛下、私の知識は、もう、こちらの皆さんに伝えました。ガロン親方、エルフ族長、王宮魔術師長、皆さんが、これからの王国を、もっと良くしてくれます」
「しかし――」
「私には、向こうの世界に、家族がいます」
王は、長い沈黙の後、深く頷いた。
「……分かった。貴公の選択を、尊重しよう」
彼は、ゆっくりと、再び頭を下げた。
「ただ、一つだけ、貴公に約束しよう」
「はい」
「我が王国は、貴公の名を、永遠に忘れない」
「教科書に、貴公の名を、刻もう。子供たちに、伝えよう。『遥か昔、異界より来たりし、現場の方が、我らを救うた』、と」
「お前ら現代知識を持つ勇者ではなく、本物の、無自覚な救世主の名を」
王の目から、ひと筋の涙が、流れた。
俺は、深く、深く、一礼した。
大広間の隅で、リーンハルトが、唇を強く噛んでいた。
俺は彼女を見ることが、できなかった。




