第十九章 真実、すべての黒幕
神島は地面に転がりながら、俺を睨み上げた。
彼の額に、汗が滲んでいた。
拾い損ねた剣が、岩盤の隙間で、揺れていた。
「お前……お前、なんで、こんな現場のオッサンが――」
「神島さん」
俺は彼の前に立ち、見下ろした。
彼の体が、地面に投げ出されている。
黄金の鎧は、土で汚れていた。
召喚されてから、彼が初めて、その鎧を泥で汚した。
「あなたが魔王に売った『現代知識』、私の世界の戦術書ですよね」
「な、なぜ、それを」
「魔王軍の戦術が、すべて、私の知っているパターンだったからです。私も同じ世界の戦術書を読んだことがある。あなたのパクりは、私には全部、見えていました」
神島の顔が、青ざめた。
彼は王都の書庫で、本社の頃と同じことをしていた。
誰かの知識を、自分の知識のように使い、上に取り入る。
俺の世界では、それで、出世できた。
異世界でも、それで、勇者の地位を維持できる、と彼は思った。
しかし、こちらの世界には、もう一人、同じ世界の戦術書を読んだ男がいた。
しかも、その男は、十年、それを現場で実践してきた男だった。
神島の「コピー」と、俺の「実践」は、最初から、勝負にならなかった。
「く、くそっ……!」
神島が剣を拾おうとした。
その手を、ガロンの鎚が、地面に押さえつけた。
「動くな、虫けら」
ガロンの声は、地獄のように低かった。
「田所殿の副官グレンを、背中から刺した男だな、お前」
「ぐっ……離せ、離せ……!」
「田所殿。こいつをどうするか、決めるのは、あんただ」
ガロンが俺を見上げた。
俺は神島を見下ろした。
怒りは、なかった。
哀しみも、もう、なかった。
ただ――。
「神島さん」
俺は静かに告げた。
「あなたが殺した人たちの名前を、覚えていますか」
「は、はぁ?」
「グレンを。あなたが王都で命じた突撃で死んだ、何百人もの王国兵を。あなたが見捨てた、戦場の負傷者たちを」
「な、何を、いきなり――」
「覚えていないんですね」
俺は深く息を吐いた。
神島の目には、本当に、罪悪感がなかった。
ただ、自分の地位を脅かされたことへの、苛立ちと、恐怖だけがあった。
彼は、最後まで、誰の死も、自分のものとして、引き受けていなかった。
「ガロンさん、彼を縛ってください。生かしておきましょう。王都の貴族院で、すべての行いを、正式に裁いてもらいます」
「殺さんのか?」
「殺しても、何も変わりません。彼に必要なのは、自分の行いに向き合うことです」
「分かった。あんたが、そう言うなら」
ガロンは黙って頷き、神島を縛り上げた。
神島は、ガロンの剛腕で押さえつけられながら、最後まで、俺を睨んでいた。
その目の中に、一瞬だけ――。
俺は、自分自身を、見た。
本社の役員会議室で、神島が俺の資料を発表するのを、黙って見ていた、あの頃の俺。
もし俺が、もっと早く、自分の口で「これは私の仕事です」と言っていたら――。
神島は、こんな男にならずに済んだかもしれない。
彼の慢心と狡猾さを、許し、育てたのは、俺自身でもあった。
俺は神島から目を逸らし、中央祭壇に向き直った。
禍々しい魔力が、空間を歪めている。
祭壇は、円形の石壇。
その中心に、漆黒の宝石が、宙に浮いていた。
宝石の周囲には、何重もの、目に見えない魔力の流れが、渦を巻いている。
俺は王宮魔術師長を呼んだ。
「魔術師長、この祭壇の魔力源を遮断するには」
「核となる魔石を、破壊することです。あれです」
魔術師長が指差した。
祭壇の中心に、漆黒の宝石が浮かんでいた。
強大な魔力が、そこから魔王軍全体に供給されている。
俺はガロンを呼んだ。
「ガロンさん、お願いがあります」
「何だ」
「あの石を、破壊してください。あなたの鎚で」
「わしが、か」
「石を壊すのが、石工の本分でしょう」
ガロンは、長い、長い沈黙の後、深く、深く頷いた。
六十年、石を積み続けてきたドワーフが――今、生涯で初めて、石を壊すために、鎚を振り上げる。
彼の人生の、すべての逆転だった。
彼はゆっくりと祭壇に近づき、漆黒の宝石を見上げた。
その目に、戸惑いはなかった。
彼は、自分の人生が、この一撃のために、あったのだと、悟っていた。
そして、両手で鎚を高々と振り上げた。
「我が祖の名にかけて」
彼の身体から、神々しい光が溢れた。
古代石工の、秘奥。
千年、ドワーフ族が語り継いできた、最後の奥義。
「石は、積むためにも、壊すためにも、ある」
その思想の、極致。
鎚が、振り下ろされた。
空間が、震えた。
漆黒の宝石が、砕け散った。
無数の破片となり、紫色の魔力が、煙のように四散していった。
その瞬間。
遠く、西の戦線で、不死兵がすべて、ただの屍に戻った。
魔王軍は、全戦線で、自壊を始めた。
俺は崩れ落ちる祭壇を背に、リーンハルトの肩を抱き、外に向かって走った。
ラフィカが先導し、アリエルが後ろを警戒し、魔術師長が魔法で天井を支え、ガロンが最後尾を守った。
回廊の出口の光が、遠くに見えた。
俺たちは、走った。
地響き。
崩落。
壁が、迫ってくる。
最後の数歩、回廊から、青空の下に、転がり出た。
全員、無事だった。
神島も、縛られたまま、ガロンの肩に担がれて、外に出ていた。
草原の朝の光が、まぶしかった。
遠くで、辺境の風が吹いていた。




