第十七章 各拠点の連鎖陥落
計画は、見事に進行した。
第一班が敵主力の動向を逐一報告し、第二班が西戦線で釘付けにする。
その間、第三班が補給線を寸断し、敵の動きが鈍る。
各班の動きは、まるで巨大な時計の歯車のように、寸分の狂いなく回っていた。
南東街道での第三班による補給線奇襲は、見事だった。
獣人最速の機動力で、敵の輸送隊に夜明け前に襲いかかり、武器、食料、そして魔石を奪取。
奪った物資は、半分が王国軍の補給に回され、半分が破壊された。
戦闘時間、わずか半刻。
味方の損害、軽傷三名。
戦況図に駒を動かしていた書記官が、ぼそりと呟いた。
「これは……戦の歴史を、書き換える、戦い方ですな」
第二班は西の丘陵地帯で、敵主力を釘付けにしていた。
ドワーフ重装歩兵団の堅固な防御は、突進してくる不死兵を、すべて受け止めていた。
堡塁の前に、敵の屍が積み上がっていく。
しかし、ドワーフ側に死者はゼロ。
ガロンの工程指示が、現場に行き渡っていた。
「左翼、補強」「右翼、退避」「中央、固定」、毎時間ごとに、的確な指示が飛ぶ。
戦というより、城塞の防衛施工、と呼べるほど、組織的だった。
第一班のエルフ偵察隊は、敵の動向を、ほぼ完璧に把握していた。
森の中の見えない位置から、敵の指揮系統、補給隊の経路、増援の到着予定までを、逐一、本陣に届けてくれる。
俺は、その情報を見ながら、工程表を、毎日、書き直していた。
「これが、田所殿の言う、『プロジェクト・マネジメント』か」
ヴィルヘルム辺境伯は、戦況図を見て嘆息した。
「我ら人族の戦は、いつも、突撃と消耗で決まっていた。これほど計画的で、これほど犠牲が少ない戦は、見たことがない」
「現場の段取りと同じです」
俺は工程表を確認しながら答えた。
「やるべきことを、やるべき時に、やるべき人がやる。それだけです」
「それだけ、と仰せか」
「ええ」
「貴公の言う『それだけ』が、我が王国の歴史上、誰一人、できなかったことなのだ」
辺境伯は、深く溜息をついた。
「儂の四十年は、貴公の一月に、勝てなかった」
戦況は、刻一刻と、王国側に有利になっていった。
魔王軍は、各地で支援を失い、徐々に後退を始めた。
俺は第五班を率いて、東から大きく迂回し、死霊回廊に向かう経路を進んだ。
メンバーは、ガロン親方、エルフ最強の弓手アリエル、獣人最速のラフィカ、王宮魔術師長、そして俺。
わずか五人。
しかし、各種族の最精鋭。
出発の朝、リーンハルトは俺に、銀の鈴付きのお守りを渡してくれた。
「無事に、お戻りください」
彼女の声は、震えていた。
「父も、私も、ガロン親方も、皆、あなたの帰りを待っております」
「必ず、戻ります」
俺はその鈴を、胸ポケットの奥に、しまった。
「田所殿」
ガロンが歩きながら問うた。
「あんた、なぜ自分で行く。第五班の指揮は、後方からでもできるだろう」
「現場に居ないと、何が起きているか分からないからです」
俺はガロンに微笑んだ。
「現場主義、ってやつです。図面と現場は、必ず違いますから」
「やれやれ。生粋の現場猿だな、あんた」
ガロンは口の端を吊り上げた。
「だからこそ、わしらはあんたについていく」
死霊回廊は、暗く、湿った、岩の渓谷だった。
入口に立った瞬間、空気が変わった。
吸い込むと、肺の奥が、ぞわりと粟立つ。
壁から染み出した魔力が、空気を澱ませている。
壁面には、緑がかった粘液のようなものが、ぬらぬらと光っていた。
地面は湿り、足を踏むたびに、ぴちゃ、ぴちゃ、と音がした。
遠くから、何か――獣のようでも、人のようでもない、低い唸り声が、断続的に響いてきた。
ラフィカが、耳をぴんと立てた。
「不死兵の咆哮。十数体。我らの数倍」
「迂回路は」
「右手の岩棚を伝えば、回避可能」
「では、そちらで」
俺たちはエルフの隠密魔法に守られながら、回廊を進んだ。
アリエルが囁いた。
「田所殿。この回廊、奇妙な造りでございます」
「奇妙、とは」
「直線部分が長すぎます。普通の天然の渓谷ではありえません。人為的に削られた跡が、壁にございます」
俺は壁を、ランタンで照らした。
確かに、明らかに、岩を削った、人工の彫り跡。
古代の何かが、ここを「魔王軍の補給拠点」として、設計したのだ。
壁の彫り跡の中に、奇妙な紋様があった。
よく見ると、それは、現代の建築設計図にそっくりだった。
各エリアの寸法、通路の幅、扉の位置。
設計者が、誰であれ――その人物は、現代建築の知識を持っていた。
俺は、戦慄した。
まさか――誰か別の「召喚された者」が、過去に、この場所を作ったのか。
中央祭壇まで、あと、少し。
「田所殿、この先で、何か……いる」
アリエルが、囁いた。
「人の気配。一人……いや、二人」
俺は気配を察した。
神島翔太と、漆黒のローブの女。
彼らは、俺たちを待ち構えていた。




