第十三章 裏切りの代償
計画は、密かに進行した。
俺は精鋭部隊を編成した。
ガロン率いるドワーフ重装歩兵団。
リーンハルト率いるヴェスタリア騎兵団。
エルフの森魔法使い隊。
そして、辺境伯軍の副官グレン。
グレンは二十六歳の若者で、俺が辺境に来てから、ずっと俺の傍にいてくれた男だった。
彼は、いつも俺に問うた。
「田所殿。あなたは、なぜそんなに、人のために働けるのですか」
「働いてないよ。ただ、現場が回ればいいだけだ」
「俺は、あなたのような上司に、一生ついていきます」
その夜。
俺たちは奇襲のために、夜陰に紛れて魔王軍の補給線に接近していた。
ところが――。
森の中で、突然、矢の雨が降ってきた。
「伏兵!?」
誰かが叫んだ。
俺たちは慌てて防御陣形を組んだ。
暗闇の中、馬のいななきが響く。
月明かりの中から、馬上の人影が、ゆっくりと現れた。
黄金の鎧。
神島翔太。
その隣に、漆黒のローブの女がいた。
禍々しい魔力。これは――魔王軍の使い。
「やあ、田所くん」
神島の声は、勝ち誇っていた。
「随分、頑張ってるじゃないか。でもね、ちょっと出すぎだよ、お前」
「神島さん、あなた……」
「ああ、こっちの世界は、現代知識を売れば、もっと出世できるんだよ。魔王様は、俺の戦術書の知識を、高く買ってくれてね」
神島は、剣を抜いた。
黄金の鎧に、月光が反射する。
でも、その聖剣は――俺は、すぐに気付いた。
召喚の日に一度だけ抜けた、あの聖剣ではなかった。
別の、何か。
禍々しい、黒い瘴気を纏った、別の剣。
彼は、聖剣を諦めて、魔王軍から、別の剣を授かったのだ。
俺は唇を噛んだ。
「お前が王国軍を、わざと壊滅させたのか」
「『わざと』なんて、人聞きが悪いな。ちょっと、計算違いをしただけさ」
神島は、悪びれもせず、笑った。
「考えてみろよ、田所くん。俺がこっちの世界で『勇者様』として認められ続けるには、お前みたいな本物が、邪魔なんだよ。だから、お前を消す必要があるし、ついでに王国軍も少し弱らせておけば、俺が『救世主』に戻れる」
「だから、味方を、見殺しに……」
「あ、こいつら、味方じゃないからね。俺の駒、駒。お前と同じ」
神島が指を鳴らした。
森のあちこちから、無数の不死兵が湧き出てきた。
数、二百を超える。
俺たちの部隊は、わずか百五十。
「お前さあ、現場のオッサンが、勇者の俺を超えるなんて、ありえないんだよ」
「神島さん」
「いいかい、田所くん。ここで死んでくれ」
戦闘が始まった。
ガロン率いるドワーフが奮戦する。
リーンハルトが騎馬で切り込む。
エルフたちが魔法を放つ。
しかし、敵の数が多すぎた。
不死兵は、倒しても倒しても起き上がる。
通常の魔物なら、首を切れば終わり。
でも、不死兵は、首を切られても、また接合して、立ち上がる。
ガロンが叫んだ。
「田所殿、これは無理だ! 退却を!」
「分かってる! 退路を確保する!」
俺は前線で指揮を執りながら、必死に脱出経路を考えた。
森の地形を、頭の中で再構成する。
西側、傾斜が急で、騎兵は通れない。
北側、川がある、迂回が必要。
東側、開けている、突破可能。
東に、抜ける。
「グレン! 右翼へ! 突破口を作れ!」
「了解です、田所殿!」
グレンは騎兵を率いて、突破口を切り開きに走った。
彼の馬蹄が、月光に照らされた森の中を、駆けていく。
その背中に。
神島が、剣を構えた。
「神島さん、何を――」
俺の叫びは、間に合わなかった。
神島の剣が、グレンの背中に深々と突き刺さった。
卑怯にも、味方を装って、背中から。
「ぐ……っ」
グレンが、馬から落ちた。
「グレン!」
俺は走った。
血だまりの中で、グレンは俺を見上げて、微笑んだ。
「田所、殿……お逃げ、を……あなたは……王国の……」
「グレン、しゃべるな、止血を――」
俺は彼の腹を押さえた。指の間から、ぬるい血が、止めどなく溢れてくる。建設現場で何度も応急処置の訓練を受けてきた俺の手は、止血点を完璧に押さえていた。でも、剣が肝臓を抜けていた。
無理だ。
俺は、現場で多くの怪我を見てきた。これは、止まらない。
「お、俺、ね、田所殿……」
グレンが、何かを話そうとした。
「田所殿に出会えて……俺の、人生……良かった……です……」
「グレン、頼む、しゃべるな」
「妹に……手紙……書いてください……名前……ミリヤ……ヴェスタリア領、第三区の、機織り職人……」
「分かった、分かったから――」
「『兄ちゃんは、すごい人の、副官だった』って……それだけで、いいです……」
グレンの目から、涙が一筋、流れた。
「最後まで……あなたの、副官で居られて……よかった……です……」
グレンの目から、光が消えた。
俺は彼の傷を押さえながら、震えた。
彼の指が、ゆっくりと、緩んでいく。
神島の笑い声が、夜の森に響いた。
「あーあ、お前の大事な部下、死んじゃったね、田所くん。ま、現場のオッサンの責任ってやつ? 部下の管理くらい、ちゃんとしろよ」
俺は、グレンの目を閉じてやった。
彼のまだ温かい額に、自分の額を、そっと押し当てた。
ごめん。
ごめん、グレン。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
拳を、握り締めた。
怒りではない。
深い、深い、後悔だった。
もし、俺がもっと早く――もっと早く、自分の声を上げていたら。
もし、本社で神島を止めていたら。
もし、王宮で「俺を辺境に送るな」と一言、言っていたら。
グレンは、こんなところで、こんな男に、殺されることはなかった。
俺の沈黙が、グレンを殺した。
遠くで、リーンハルトの叫び声が聞こえた。
彼女は、神島の手の者に、捕縛されていた。
「田所殿! お逃げください!」
彼女の声を、俺は聞いた。
でも、動けなかった。




