第十一章 勇者の独走、王国軍壊滅
神島は王都軍を率いて、魔王軍迎撃のため南進した。
俺たち辺境伯軍は、独自の判断で、後方支援に回ることになった。
神島の戦闘指揮は、悲惨だった。
彼は「勇者の華々しい勝利」を演出したかったらしい。
平原で、正面から突撃を命じた。
古代から知られている通り、整然と並ぶ重装歩兵の集団に、騎兵が正面から突っ込むのは自殺行為だ。
ましてや相手は、不死の魔王軍。倒しても倒しても起き上がる。
王国軍は、半日で三分の一を失った。
敗報がヴェスタリア辺境伯城に届くと、ヴィルヘルム辺境伯はテーブルを拳で叩いた。
「あの愚か者が……!」
「閣下」
俺は地図を広げた。
「王国軍は、まだ完全に壊滅したわけではありません。後方の予備部隊を辺境に集めれば、防衛線を構築できます」
「どうやって」
「『縦深防御』です」
俺は地図に、何重もの線を引いた。
「一本の戦線で受け止めるのではなく、複数の防衛線を後方に配置します。前線が突破されても、次の線で食い止める。攻める側は、何度も突破を繰り返す必要があり、その度に消耗します」
「……斬新だ」
「私の世界の、軍事工学の基本です」
その夜、敗走してきた王宮魔術師長が、リーンハルトに伴われて辺境伯城に到着した。
彼は俺の前に膝をついた。
「お頼み申す。王国を救えるのは、貴方しか居らぬ」
俺はその夜、ヴィルヘルム辺境伯と魔術師長と協議し、防衛計画を立てた。
計画書は、徹夜で書き上げた。
深夜、辺境伯城の作戦室。
大きな机に広げた地図。
燭台の火が、いくつもの線と矢印を照らしていた。
俺は鵞ペンを取り、計画書の最初に、こう書いた。
「目的:王都奪還、ではなく、市民の生存数最大化」
ヴィルヘルム辺境伯が、その一文を見て、ぴくりと眉を上げた。
「王都奪還、ではないのか」
「王都は、いずれ取り戻せます。でも、死んだ人は、戻ってきません」
俺は地図を指差した。
「現時点で、王都の市民の多くは、北東街道を伝って、こちらの辺境に逃げてきています。彼らをまず、安全に受け入れる。それから、軍事行動です」
「貴公の世界では、戦は、そういうもの、なのか」
「いいえ。私の世界の戦も、酷いものでした」
俺は静かに答えた。
「でも、現場では、いつも、家族の話を聞きました。だから、戦も、同じだと思いました」
魔術師長が、深く頭を下げた。
翌朝、辺境伯軍と、敗残の王国軍残党、ドワーフ義勇兵、そしてエルフの偵察兵までもが、ヴェスタリア辺境伯領に集結し始めた。
彼らは、皆、俺の指示を待っていた。
俺はその様子を見て、ふと、奇妙な感覚に襲われた。
これは、現場の朝礼に似ている。
大勢の職人を前に、その日の作業手順を伝え、各班に役割を割り振る。それと、まったく同じ構図だ。
現場の朝礼で、俺はいつも、一番に到着し、最後に解散させる側だった。
その役割が、ここに来ても、変わっていない。
ただ違うのは――今度は、彼らが俺の指示を、真剣に、待っている、ということだった。
俺はゆっくりと深呼吸して、地図を広げた。
「皆さん、おはようございます。今日から、私たちは王国を救う『プロジェクト』に取り掛かります」
「プロジェクト、と申されますと」
「目的を達成するための、有期の、特別な業務のことです。今回の目的は『魔王軍の進軍を止め、王国を救うこと』。期間は、長くて一月。短ければ二週間」
集まった指揮官たちが、息を呑んだ。
「まず、防衛線を、三段階に分けます。第一線、第二線、第三線。各線に必要な戦力と、必要な工事を、それぞれ算出してあります」
俺は工程表を見せた。
「これに従って動いてください。誰が、何を、いつまでに、どこでやるか。すべて書いてあります」
指揮官たちの顔色が変わった。
彼らの中の一人――王国軍の老将軍、白髪をたなびかせ、腕に古い剣の傷を持つ男――が、震える声で問うた。
「田所殿、お聞きしたい」
「はい」
「我ら王国軍は……四十年、こうして指揮されたことが、なかった。常に、王の命令を受け、突撃をし、消耗してきた。指揮官に『計画書』を渡されるのは、初めてだ」
「……」
「貴公の世界では、これが、当たり前か」
「ええ」
「では、何故、王国は、四十年もの間、これを、知らずに来たのか」
その問いに、俺は答えられなかった。
「明日の朝、各防衛線で『朝礼』を行います。その日の作業内容と、危険な点を、必ず共有してください」
「朝礼……ですか」
「現場で大事なのは、皆が同じ情報を持つことです。一人でも違うことを考えていれば、全体が崩れます」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「これは……戦ではなく……一つの巨大な、ご普請場なのか」
俺は頷いた。
「そうです。戦は、ご普請の延長です」




