鏡に映るのは③
さてどうしたものか。
鏡の迷宮に入った途端、リゼとレティスさんだけでなくモンキーさんたちともコンタクトが取れなくなった。
そしてトドメとばかりに今、ティアとも引き離されてしまった。
(状況だけ見れば絶望的なんだけどな)
戦闘力に欠け、窮地を切り抜ける助言も貰えない。
客観的に見てあかんわこれって感じなんだが正直、恐怖は感じていなかった。
多分、この状況に対する“正しい対処”が何となく分かっているからだろう。
(まあ読みが外れてたら詰むんだが)
そうこうしていると鏡面が揺らぎ道化師のモンスターが姿を現した。
やっぱりそう。さっきと同じく親近感と居心地の悪さを覚える。
「なあ、お前は俺なんだろ?」
だから単刀直入に聞いてみた。
道化師は少し驚いたような空気に変わりそっと仮面を外した。
【マジかよオイ。察し良過ぎだろ】
そこには俺の顔があった。
目の色や不遜な表情なんかはらしくないと思うが……ああ、やっぱり俺だわこれ。
「まあ何となくな」
いや厳密に言えば完全な複製ってわけではないと思う。
下地になったドッペルゲンガーみたいなモンスターの成分も入ってるだろうし。
だがその人格が俺のものであるならそいつは俺と言っても良い。
「答え合わせ良いか?」
【良いぜ。でも立ち話も何だし座らね?】
「だな」
よっこらせと二人でその場に胡坐をかく。
文字通りの鏡映しで俺もドッペル俺も思わず笑ってしまった。
「多分、これあれだろ。漫画とかでよくある自分と対峙する展開」
嫌な部分、認めたくない自分、知られたくない本音。
そういうのが形になった影の自分と対峙して精神的成長をとか鉄板だ。
何なら俺もそういうの好き。
【正解。何で気付いた?】
「まず俺とティアだけが当て嵌まった条件って何だろうと考えたのよ」
幾つか浮かんでは消え、直ぐには分からなかった。
だが髑髏面のモンスターと道化師のモンスターを見た瞬間、思ったのだ。
女の方はともかく男の方はえらく親近感を覚えるじゃんね、と。
「したら突然、隣のティアがバチギレるじゃん?」
【あぁ、それで】
「そ。んで魔女コースターで揺られてる間、現実逃避気味に考えてたのよ」
マジで別のこと考えてないとゲロ垂れ流しだったと思う。
俺がそう言うとドッペル俺はご愁傷様と笑った。
「それで漫画とかでよくあるアレだと思ったわけだ」
仮説が正しいなら二人が条件を満たさなかったことにも納得がいくしな。
リゼの場合はそもそも目を逸らしたい自分なんかない。
レティスさんの場合は直視させられるまでもない。
「あの人は多分、ずっと自分の嫌な部分と向き合ってるっぽいしな」
自らに問い続けている人間にとってこの仕掛けは無意味だ。
見たくないものを見せられることが肝なのだから。
「だから俺とティアだけがここに来た」
【その通り。じゃあお前が目を逸らしていることは何だ?】
イヤらしい笑みを浮かべ奴は問いを投げた。
「……リゼやらレティスさんはよく俺を優しいって言うけどさ」
そんなことはない。
だって俺はずっと一つの疑問を抱き続けているのだから。
「清く正しく生きることの価値を俺は心のどこかでずっと疑ってる」
【何故?】
「母さんだよ」
女手一つで俺を育て真面目にやり続けた挙句が、過労死だ。
「子供を抱えて路頭に迷いたくないだろう? 職場が弱みに付け込んだ結果さ」
職場は当初、過労死認定を下さなかった。
むしろ暗に母さんが悪いとまで言っていた。
「“幸い”にして善良な第三者が声を上げてくれたからその死が穢されることはなかった」
散々ぶっ叩かれて偉い人の私生活にまで影響が出ていたと聞く。
子供はイジメられ、妻は近所で噂され、親類にも恥知らずと罵られるとかな。
その結果、労災認定は下りたし慰謝料も支払われた。
母さんの心残りであった俺の生活には目途が立ったわけだ。
【理由はそれだけか?】
「いいやまだある。……分かってるだろうにイヤらしいな」
母さんの死後、俺は親類に引き取られた。
疎まれ離れで暮らし小学校高学年で家事も全部一人でやっていた。
ここまでは良い。むしろ引き取ってもらっただけ感謝しなければな。
「遺産の着服だ。俺にかかる費用以上にあの人たちは使い込んでいた」
“幸い”にして善良な第三者が声を上げてくれたから遺産は取り戻せた。
鬼畜のレッテルを貼られ職を失いかけ子供の進学や縁談にまで影響が出ていた。
遺産は戻って来たし、慰謝料も支払われた。
【過ちを犯した親類は使い込んだ以上に損をして正しいお前は失った以上に得られたわけだ】
「……ああ」
【勧善懲悪じゃないか。正しく生きていればこその結果だ】
世の中捨てたもんじゃない。
善く在ろうとすることは間違っていないという証拠ではないか。
ドッペル俺がせせら笑う。
「自然にそうなったなら、そうかもな」
【どういうことだ?】
ああ、本当に最悪の気分だ。酷く惨めで死にたくなる。
「シックスさん曰く、俺には人を導く器量があるらしい」
つまりはそういうことだ。
そう打ち切ろうとしたが影は俺の誤魔化しを許さない。
どういうことか教えてくれと続きを促した。
「人を善き方向に導けるなら“逆”も然りだ」
告白しよう。俺の罪を。
「――――人を悪い方向に“誘う”ことも出来る」
幼い俺に明確なロジックがあったわけではないと思う。
ただ漠然と、
『母さんに酷いことをした奴らに仕返しがしたい』
『母さんに謝らせたい』
『母さんが遺したものを奪ったアイツらが許せない』
『母さんが遺してくれたものを取り戻したい』
そんなことを考えて振舞っただけだ。
そして結果に結びつき会社と親類は破滅に導かれた。
「結果が出た後も深く考えたことはなかった」
気付いたのは鏡の迷宮に迷い込んでからだ。
状況に照らし合わせて考えるとそれしかないかなって。
「正直、自分にそんな素養があるとは思えない」
シックスさんの言葉がなければ自覚することはなかっただろう。
彼らが何者かは未だ分からない。
だが世を動かす傑物の類だろうことは薄々分かっている。
そんな人間が人を導く器量があると言ったのだ。
信じざるを得まい。
「その上で振り返ると、なあ?」
【何だよ】
「あの時の俺が一番危うかったんだろう」
五組目のパーティをクビになった時だ。
善く生きることへの疑念が一番強くなったのはあそこだと思う。
頑張っても報われない。どうしてこんな理不尽な目に。
「いっそもう、悪事を働いてしまおうかってな」
自覚はないが心のどこかでそう思っていたのだろう。
モンキーさんが声をかけてくれなければそうしていたはずだ。
【その通りだ。そうしていればお前は今とは違う形で栄華を手にしていた。
何なら成功の度合いで言えば今以上だ。何せ善く在るという枷がないんだからな】
ドッペル俺は言う。
目覚めたスキルもその証明だと。
【“導きの星”は“誘う闇”に。“大器の兆し”は“巨悪の萌芽”になる可能性があった】
「そして変質の可能性はこれからも付き纏う……か。ひでえ話だ」
【軽いな。信じてないのか?】
「んなこたないさ」
言っただろ? 状況的にそれしかないって。
自分で信じられなくてもそれ以外の部分が証明してるんだ。
受け入れるしかないだろ。
【その割には落ち着いてるじゃないか。普通は取り乱すものだろう?】
「最悪な気分だよ」
ティアの魔女っ娘コースターに揺られてる方がよっぽど良い。
「ただ“最悪”だけじゃないってだけの話」
【ほう?】
俺という人間の醜い部分が完全に証明されてしまった。
だがそれは同時に別のことも証明していた。
【それは一体?】
「善く生きることの価値さ」
俺が疑っていたものの価値を証明してくれた。
だから気分は最悪でも落ち着いていられるのだ。
「お前が言うように堕ちていたら俺は今以上の栄華を手にしていたんだろう」
でも、
「――――その道にリゼは居ない」
レティスさんもそう。
そして一緒にここへ迷い込んだティアもな。
「善く生きることを諦めなかったからこそ俺は皆に出会えたんだ」
俺の選択は間違っていなかった。
「証明終了。これ以上の議論が必要か?」
【……いいや、十分だ。おめでとう。お前は見事、己の影に打ち克った】
道化師は立ち上がると胸に手を当て大仰に一礼した。
そして光と闇の粒子に変わり消滅。
後に残されたのは金縁の中で白と黒が混ざり合ったメダリオン。
「なるほどね」
手に取った瞬間、使い方が分かった。
念じてみるとメダリオンは黒と金の横笛に変化した。
「ハーメルンの笛吹きみたいだな」
俺がコイツを奏でれば人やモンスターを誘導することが出来るようだ。
もう一度念じると今度は白と金の指揮棒に姿を変える。
横笛が誘導ならこちらは統率。率いる集団の連携強化や沈静化に使える。
「お宝と呼ぶに相応しいアイテムだ。これが報酬ってわけね」
いわゆるユニークアイテムという希少品だ。
自らの影に打ち克った者が得られる報酬。
いや打ち克ったってのは少し違うか。
これもまた己だと受け入れた証明の方がしっくり来るな。
「お、使ってない時はこうなるのか」
メダリオンに戻しポケットに入れようとしたところでチェーンが出現した。
どうやら使わない時はネックレスになるらしい。地味にありがたい機能だ。
「さて。じゃあティアを探さないとな」
垣間見たティアの取り乱しようからすればロクな目には遭っていまい。
だが焦りはなかった。理由は二つ。
最初のシチュエーションからして一対一が原則というわけではないこと。
そして自分の影は決して本体を害したというわけではないことが分かっているからだ。
「良かった! 無事だったのね真!!」
少し歩くと曲がり角からティアがやって来て俺に抱き着いた。
「ああ」
ぽんぽんと背中を撫でゆっくりとティアの姿をしたナニカから離れる。
「――――で、お前誰よ?」
「――――あら、気付いてらしたのね」
赤い瞳が漆黒で塗り潰されニヤリと影が笑う。
「でもそうしているということは私が何なのかも分かるのではなくって?」
「ティアの影だろう?」
「分かってらっしゃるのに意地悪なことを言うのね」
「違う」
誰よ、ってのはそういう意味じゃない。
「お前はティアだ。でも俺の知らないティアだ。まだ知られたくないティアだ」
だったら相応の態度を取るのが当然だろう。
「フフ、やっぱり優しいのね」
“はじめまして”を望んでいる。
俺の意思はちゃんとあちらに伝わったようだ。
【あぁ……やだ……見ないで……お願い……】
こっちよと影に手を引かれて向かった先にあの子は居た。
【――――私を見ないでぇえええええええええええええええええええ!!!!!】




