鏡に映るのは②
「……俺とティアが条件を満たした、って考えるのが自然か?」
「でしょうね」
前混乱や恐怖がないわけではないと思う。
だが取り乱せばより状況が悪くなってしまうことを彼は知っている。
だから努めて冷静で在ろうとしているのだ。
「リゼだけなら何も起きなかったし」
「レティスさんもそうならここに来てるのが自然だもんな」
「ええ」
どういう仕組みかは分からない。
しかし私と彼が何かしらの条件を満たしたから転移させられたのは間違いない。
「ダンジョンの傾向からして確実に詰ませるような初見殺しの罠はないはずよ」
人の欲望から生まれた迷宮。
それゆえに人の心理を利用した罠なども多々存在する。
だが踏破による消滅を望む習性ゆえ、完全な初見殺しは存在しない。
今回もいきなり即死するようなことはないだろう。
「そうだな。まあ油断は出来ないが」
「そうね。とりあえず私が前に出るわ。二人ほどではないけど多少はやれるし」
魔法を用いての近距離戦も出来なくはない。
私が提案すると彼は頼むと頷いたので頷き返し一歩前に出る。
「私の背を離れないでね?」
「了解」
二人して歩き出す。
「……しかし何だ。趣味が悪いな」
「趣味が悪い?」
歩いていると彼が呆れたように呟いた。
鏡の迷宮は確かに奇妙な気分にさせられるが趣味が悪いと言うほどだろうか?
首を傾げる私に彼はしまったというように口元を抑えた。
どうやら独り言のつもりだったらしい。
「平気よ? 何でも仰って」
「いや、その」
「むしろここで何も言わない方が気になって集中出来なくなってしまうわ」
私がそう急かすと彼は観念したように溜息を吐き床を足で叩いた。
「床まで鏡にするこたねえだろ?」
「……?」
どういうことかしら?
警戒しつつ視線を床に落とす。
見えたのは――――ああ、そういうこと。
黒いレースの下着が鏡にバッチリ映っている。
「人の欲望から生成されたものだし、むしろ自然なのではなくって?」
「それは……そう、なんかねえ?」
鏡越しに見る彼の表情は気まずそうで少し、可愛いなと思った。
そしてむずむずとした喜びも覚える。
どうやら貧相な私も彼はしっかり女性として見てくれているようだ。
「でも確かに不公平かも。だってこれ殿方だけでしょう?」
「ズレた感想だなあ」
そんな話をしているとひと際広い空間に辿り着く。
やっぱり全面鏡張りで特別変化は――――
「ッッ!?」
「どうした?」
猛烈に嫌な予感。
いいや、生理的な嫌悪感と称するべき何かを覚えた。
私が杖を構えた瞬間、とぷりと床の鏡面が歪みそれは姿を現した。
片方は横笛を携えた白黒の奇抜な衣装が目を引く仮面の道化師。
こちらは良い。何なら妙な“好ましさ”さえ覚える。
それ自体が既におかしなことだが本当に脅威を感じないのだ。
(何、これ)
問題はもう一方。
花のようなドレスを身に纏い茨の冠を戴く髑髏の面の女。
上半身だけを見れば人間のように見えるがあれは違う。
スカートのように膨らんだ下半身。
そこからは顔のない人間のようなものが無数に生えており馬車のように手綱が繋がっている。
見たことのないモンスターだがそんなことはどうでも良い。
「……!!」
心底、不愉快だった。
脅威だとかそれ以前の問題だ。
全身を掻き毟りたくなるような不快感が全身を駆け巡る。
気付けば私は“全力”で空間魔法を発動し歪み殺してやろうとしたが、
「な」
空間歪曲は起きず魔法が霧散した。
抵抗があって押し切れないなら分かるが無力化? 無効化?
突然のことに呆気に取られるが直ぐに思考を切り替える。
「真! 背中から私に抱き着いて!!」
「え? あ、ああ」
杖に跨り叫ぶと困惑しつつも彼は指示に従った。
しっかり抱き着いたのを確認し杖の後方から風魔法を噴射。この場を離脱する。
緊急離脱用の移動手段。
加速の問題もあるから狭い場所では使うようなものではない。
かなりやり難いが私ならやれる。やれて当然だ。
(私に“出来なかった”ことなんてないんだから!!)
壁にぶつからぬよう秒単位で精密な制御をしつつ飛び続けることしばし。
幸いにして行き止まりのような場所には辿り着かずかなりの距離を稼げた。
「……真、大丈夫?」
彼の身体能力は低い。
あれだけの加速に晒されたのだからそろそろ休ませねば不味い。
私の判断は正しく地面に降りた彼の顔は真っ青だ。
「お水、飲める?」
「……あ、ああ」
水筒を彼の口に含ませゆっくりと中身を流し込む。
「……ふぅ。いやすまんな」
「いいえ。私の方こそ乱暴なことをしてしまってごめんなさいね」
背中を摩っていると少し顔色も良くなってきた。
あのモンスターたちが近付いて来ている様子もないし一先ずは安心だ。
「……何なのかしらねあのモンスター」
生まれて初めてだ。嫌悪という感情を抱いたのは。
どうでも良い、興味がない、隣の例外を除けば私にはそれだけだった。
それが何故こうも癪に障るのか。
「……」
「真?」
何か不思議そうな顔をしている彼に気付く。
「いや、あれはモンスターというより――――」
何かを言いかけ、
「真!!」
彼は闇に攫われどこかに消えてしまった。
直ぐに探しに行こうとするが、
「~~~~ッッ」
髑髏面の女モンスターが進路を遮るように出現した。
「邪魔をするな死ね!!!!」




