壊れた常識
「ふぅ。じゃ、俺はそろそろ出かけるから」
時刻は午後三時ぐらいだろうか。
買い出しを終え家に戻って寛いでいたが良い時間なので二人に声をかけた。
「先生さんのところだったかしら? 気を付けて行ってらしてね」
「いってらっしゃーい。あ、折角だし馬車酔いの対策とか聞いといてよ」
二人に見送られ手土産を手に先生の家に向かう。
先生は在宅で直ぐに俺を迎えてくれた。
「やあ。おかえり真くん。依頼は上手くいったようだね」
「お陰様で。あ、これお土産の地酒です」
と包みを渡す。中身はあの村で作られている酒だ。
販売ではなく自分たちで消費する用のものを譲ってもらった。
「ちょっと見た目アレですけど先生なら大丈夫かなって」
「ほう、好奇心をそそられるね。ありがたく頂戴するよ」
開けても? と聞かれたので頷くと先生は包みを開いた。
やっぱりというべきか中を見ると目を丸くした。そりゃそうよね。
だって酒瓶の中に丸々蛇詰まってるんだもん。
(元の世界でもそういうのがあるとは知ってたけど異世界にもあるとはな)
そして元の世界と同じくメジャーでないのは先生の反応を見れば分かるだろう。
「……これは、薬酒の類かな? 調薬にも蛇の素材が使われることもあるからね」
来歴を聞いても? と言われたので説明する。
何で話せるかと言えば、
>@Super_monkey
な? 儂の言う通りであったろ。
モンキーさんの助言である。
酒を貰う際に話の種になるから歴史を聞いておけと言われたのだ。
この細やかさは本当に見習いたい。
「なるほど知識というよりは生活に根差した知恵の延長線上か。面白い」
「味も癖があるけど嵌まればかなりイケるらしいですよ」
「だろうね。これはそういう類のものだ。茶を淹れるから他の土産話も聞かせてくれたまえ」
「勿論」
守秘義務があるので話せない部分は多いがまったく出来ないわけでもない。
初めてリーデルを出た感想。村でリゼが初っ端に見せた田舎の流儀。山での前哨戦。
拙い語り口だったろうが先生は嬉しそうに俺の話を聞いてくれた。
「良い時間を過ごしたようだ」
一通り聞き終えたところで先生は優し気な目でそう言った。
ああ、本当に得難い時間だった。
あの村での出来事は間違いなく俺の人生における大きな財産になっただろう。
「その経験は必ず今後の糧となろう。何度も思い返し考えを巡らせると良い」
「はい!」
ところで、と先生が思い出したように言う。
「“人語を解するモンスター”とは実際どのような感じだったのかね?」
「はい? 何です急に」
「フフ、見事なとぼけっぷりだ。安心したまえ私に守秘義務は適用されない」
だって知ってるから。
悪戯が成功した子供のように先生は笑った。
「君らの書状が届いた際、ギルドの支部長から招かれてね。意見を聞かれたのだ」
「……そうでしたか。でもちょっと意地悪じゃありません?」
「はっはっは、すまんすまん。で、どうだろう? 戦いも含めて詳しく聞かせて欲しいのだが」
「分かりました」
改めて先ほど伏せていた部分について詳細に語る。
所々で話し易いのようにと誘導してくれたので過不足なく説明出来たと思う。
「改めて聞くが君はその女オークに何を感じた?」
俺が見たのはリゼに首を刎ねられるまでのほんの少しだけ。
だがその短い時間だからこそ感じることがあったはずだという。
「理屈が挟まる余地はなく感覚で捉えるしかないからね」
当たっているいないはどうでも良い。
感じたものを言語化することが重要なのだとのこと。
先生は自分の好奇心を満たすと同時に俺に授業をつけてくれているのだろう。
(あの時、俺が感じたのは……)
思い返し一つ、気付く。
「自然だな、って」
「ほう」
「これまであり得なかったことが起きた時、考えられるのは二つだと思います」
人為的に誰かが起こしたか、自然にそうなったかだ。
「では件の女オークは人が秘密裏に生み出した生物兵器などではなく自然発生したものだと?」
「はい」
百年前と今では同じ名前のモンスターでも微妙に姿形が変わっていたりする。
より効率的な形に進化したのだと先生の授業で習った。
「その変化が大きければ大きいほど進化には時間がかかります」
長い長いモンスターの歴史。
小さな積み重ねがようやっと花開いた結果なのではなかろうか。
「人為的なものだったとしても元々あった下地に手を加えたとかその程度なんじゃないかなって」
だからこそ不自然さを感じない。
「まあ、あくまで俺がそう思ったというだけの話ですが」
「いや良い。しっかり漠然とした感覚を言語化出来ていたとも」
花丸をあげようと先生は自分の皿からお菓子を摘まみ上げ俺の皿に乗せた。
甘い花丸だなあ。いや嬉しいけど。
「先生はどう思いますか?」
「話を聞く限りではどちらもあり得ると言ったところか」
自然に進化した結果、誕生したというのは頷ける。
だが同時に人の欲は限りないのも事実。
知性あるモンスターを作り出し利用しようとする輩が居てもおかしくはない。
「一つ確かなことがあるとすれば」
紅茶を軽く呷り、先生は言った。
「一度崩れた常識は二度と元の形には戻らないということだ」
自然発生なら人間に食い止める術はない。
人為的なものだとしても同じこと。
元凶を排しても実証は済んでしまった以上、可能性は消えはしない。
「……例え研究資料を完全に消滅させたとしても」
「またいずれ別の誰かが同じ方法に辿り着くだろうね。何せ同じ人間なのだから」
静かなのに沈んでしまいそうな重さを帯びた言葉だった。




