そして最後に隊長が漏らした一言。これが実にあの人らしいのですが、日本語以外の何かをつぶやいてそのまま帰らぬ人となったのだとか。ふふっ。一体何をいったのやら
「お久しぶりですね」
「そうか、人間の感覚ではそうなるのだな。私にとってはほんの瞬き程度でしかなかったが。なんにせよ、律儀なものよのう」
「約束したことですから。そしてなによりあの人が死んだ理由が非常に気になっていました。あの人が死んだと同時に僕の体調はおかしくなった。たぶんあなたと交わした、隊長が死んだことで僕も死ぬということが実行されつつあるのだと感じましてね。力尽きる前に会えて本当に良かった」
「ふふ。なるほどなるほど。まぁよい。ところで知りたいのだろう? ヤツのことを」
「そうですね……それにしても、なぜあの鬼神のごとき人間が過ちを認める気になったのでしょう? あの人は帰国後、それまで手にしていた武器を札束に持ち変えて新たな戦いを始めました」
「形は変われどまたも熾烈な戦いの場に身を置いて、飽くことなき闘争を始めたようです。その暴力は僕が用いた言葉のそれに近い、いや現代社会においてはそれ以上の猛威をふるったといっても過言ではないでしょうね。ふふふ。こんなことはすべてお見通しのあなたには言うまでもないことでしょうけど」
「……」
「国の中枢を牛耳り、数多くの改革とそれによって生み出される犠牲、あの人は戦場にいたころよりも生き生きと華麗で切れ味の鋭い、それでいて深々と突き刺さる刃を用いて、この国を切り刻みました。そして、その結果、この国は豊かになった。皮肉ではなしに」
「いまこの国は物質的に満たされはしました。しかし、そうなるほどに人と人とのつながりが薄れつつもある気がしますね。あの人が帰国後にこの国でやりたかったことはなんなのか? そして復讐とは? それを実現することはできたのか? 結局わからずじまいでした。まぁ、僕程度の凡人には理解できない裏があるのかもしれませんが」
「そして栄華も名誉も極めたはずです。あの人の姿は決してテレビや新聞などに表だって出ることはありませんでしたが、あらゆる重要な施策においてあの人が後ろで糸を引いていたことは知っています。その点僕はというと田舎で隠居状態。だから戦場で僕に後れをとったという屈辱もはらせたと思いました」
「ふむ」
「また、あの人自身が言った血筋に対しての発言が気になったので調べてもいます。没落武家の痴人の主人と使用人であった西洋の娘との過ちによって望まれなかった男の子の誕生」
「その後の母親の謎の死。待ち受けていた虐待。復讐に燃える日々。日系人であることがバレないで入隊できた経緯や、そのための裏街道で暗躍した生活ぶり」
「そして、愛国を口にしながらも実際は真逆であった理念。最終的には裏切り、我が国に不利益をもたらすことを目論みつつも、戦況により断念せざるを得なかったことなど」
「ほう、よく調べているな」
「ええ。隊長と身近だった人たちとどうにかコンタクトをとりましてね。中には機嫌がよく酔った勢いで話したこともあるようなんですが、そんな隊長の姿、ちょっと想像がつかないですわ。あの人にもそんな一面があるんだなと」
「そしてやはり全般的には満たされない生涯であったということも人伝に聞いてはいます。生い立ちやその後も含めて憐憫も感じますが、それでもまるで阿修羅のごとく容赦なしにこの国で跋扈したあの人が、いったい何を機にそれまでの行いを自省することになったのか?」
「そのことだけは直前までそばにいた人ですら、まるで気が付かなったという話です」
「しかし、最後の最後、死を決めたことからなのでしょうか、急に病を患い危篤になるや、その病床を囲むように隊長と関係のあった愛人やその子どもたちが息を呑んで発言を待っていたそうですね。そう、それまで積み上げてきた莫大な遺産の行方について」
「そして最後に隊長が漏らした一言。これが実にあの人らしいのですが、日本語以外の何かをつぶやいてそのまま帰らぬ人となったのだとか。何をいったのかは誰にもわからずじまい。そのセリフが醜き骨肉の争いへと橋渡す導火線になったみたいですね。最後まで、食えない人のまま終わったのはなんとも……。それにしても、一体何を言ったのやら」
「……」
「だから気になりますね。それも非常に」
「そうか……では、話そう」
「いえ、そのことについては言わなくても結構です」
「知りたくはないのか? ヤツの変節した理由や原因を?」
「ええ、あの人から直接聞くことにします」
「ふふ。死者に会うとな?」
「会えますよ。きっと。だって、あなたみたいな超越した神秘的存在とすら出会えたんですから、死後といえどあの人と再会できることだって多いに考えられます」
「ふむ」
「それよりも過去にとらわれてはいけないと思い直しました。今がすべてなんだと。なので、隊長の過去ではなく、彼にとって最後となった今、その瞬間の死を決意したときに、それまでの行いを償うことを認めたわけですから、その事実だけでもう十分なのかなと」
「なかなか面白いことを言うやつだな」
「はは。僕の考えではありません。あの子たちが言ったことなんですよ。土手にいたとき二人でなにやら話している声が聞こえたんですけど、過去や未来に縛られるのはおかしいとね。未來ちゃんは声が大きいから」
「最後の最後に望みをかなえてもらって、しかも僕自身を縛りあげていた過去の呪縛からも解放してくれた」
「憎いと思った隊長のキャラクターにしても、隊長個人の意思以上にあの時代が育んだもの、必要としたものなのかもれないということにも気が付かされましたから」
「……」
「そういう意味では、最後の最後で言葉に救われたとも思っていますよ。あれだけ僕のことを苦しめた言葉にね」
「それにしても、いったいあの子たちは何者なんでしょうか? ただならぬものだけは感じ取れますよ。それがなんなのかはわかりませんけど」
「ある意味そっちの方が気になるかもしれませんね。ふふふ」
「よかろう。もう思い残すことはないか?」
「そうですね。思い残しがありすぎて困るくらいですが」
「……」
「でも短い人生である以上、満たされることは決してないこともわかりましたから、そんな思いを抱いたまま消えるのも間違っていないのだろうとも思います」
「我々人類が子孫を残そうとする遺伝子に刻まれた行為はそういうことの肯定なのかとも思いますしね。まぁ、強引な解釈ではありますけど。だから、僕のせいで起こった不始末は申し訳ないけど後の世代にお願いすることにします」
「自己弁護するようでなんですが、僕だって先達たちのそういう代償を背負わされたわけですからね。隊長も。そしてこれから担うあの子たちも」
「……」
「これは言い逃れかもしれませんけど、その時の悪行も後の救いになることもあるわけですからね。ダイナマイトが開発されたことでたくさんの人が助かった反面、多くの命も奪っている。そんなことは世の中に数限りなくあるわけですしね」
「遡れば火をおこしたことからすでにそういうことは始まっていたのかもしれません」
「僕にしたって、そんな欺瞞に生かされたことが気がつかないだけで多々あったと思いますしね。だから、僕のやったことだって、もしかしたら後世ではためになったり役に立ったりすることがあるかもしれないので、後のことは後の人にまかせようかと」
「どんな些細な事にも大きなことにも続きがあって、宿題にもなりえる。そんなやり残しがあればこそ歴史が紡がれるのかもしれません。俯瞰すると、歴史って一本道ですから」
「とはいえ、自分で蒔いた種は自分で刈り取りたいという気持ち、最終的にどうなったのかを知りたいという思いはありますが」
「まぁ、過去や未来なんかが見ることができればそんなことも可能なのかもしれませんけど」
「なにから始まって一体どこへ向かうのやら。気にはなる。なるけれど、こればっかりはね。ふふ」
「……」
「すみません。ちょっと話が長くなりました。それではそろそろ」
「よし。ならば行くとするか」




