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欺くといえば、なぜかは知らないが母国語以外の言葉をしゃべろうとすると激しい頭痛と吐き気に襲われるようになった。 理由はわからない、けど原因は知っている。

「う……」


隊長の頬を一筋の冷や汗が流れた。

不思議な存在が、構えた刃の切っ先の前で止まったからだ。


間一髪。


まさに食われるその瞬間に、僕の望みが届いたようだ。


「貴様の望みの変更。かなえよう」


不思議な存在が言った。

どうせならさっきのあの子の時にこの声が届いてくれていたら……いや、よそう。

もう終わったことなのだから。


「どういうことだ?」


かろうじて威厳を保ちながら隊長が問いかけてきた。


「聞いてのとおりですよ。望みを変えたのです。僕とあなたは生きて帰れるようにね」


「くくく、何を言うかと思えば! とんだ茶番じゃないか? 一番憎いはずの私を生かしてどうしたいというのだ?」


「あなたは言いましたよね? これまでに行ってきたことに間違いはなく、反省も後悔もしないと」


「それがどうした?」


「それが本当なのかどうか賭けてみたくなったんですよ。僕自身、すでに死んでもお詫びできないほどの非道をやってきたのは、さっきこの不思議な存在が言ったとおりですし、僕自身も感じていたことでした。しかし、同じように外道の数々をこなしてきたあなたはまるで自責の念がないという。だから、あなたを生かすことにしました」


「正気か? ふふふ。私を生かして返すことを後悔するなよ?」


「それは願ってもいないことです。あなたが生きている以上はあなたも僕もこれまでにやってきたことに間違いがないという証明にもなるわけですしね。生きている限りは」


「なんだ、その含みのある発言は?」


「さすがに聡いですね。そうです。あなたは生き続けなればいけないんですよ。自らを断罪するその時が来るまでは。死ねないんですよ。あなたも僕も」


「なんだと?」


「望みを変えて、あなたと僕の生還の願いをかなえてもらいました。そして僕の命と引き換えにもう一つ。それは、あなたが死なない限りは僕もそれを見届けるし、あなたが死ぬ時に僕はこの不思議な存在に命を捧げる」


「くくく! なんと呆れたことを。まぁ、感謝しておくぞ、その貴様の馬鹿さ加減にな!」


「生きてください。そうすれば僕自身の悪行と思っていた行為も正しいものとして肯定される証明になるのだから」


「ああ、言われなくてもそうするさ! 見ていろよ! 帰国すればあの国を……あの国を!」


『心から願っていますよ。あなたがこれまでに犯してきた罪に気が付き、悔い改めることを』


「さぁ、そうと決まれば戻るぞ! ぐずぐずするな!」


「いいだろう。お前たちが望む場所へと届けてやろう」


その声を聞いたあと、ほんの一瞬だった。

瞬きをするくらいの時間、と言っていいかわからないぐらいの瞬間。

気がつけば当たりの暗闇から解放されて、周囲には匂いがある、明かりがある。


そして、なんとなく見覚えもある。


ここはもしかして日本?


山を降り、林を抜けるとそこには川が流れていた。

やはり日本、それも故郷。


なぜ望んだ場所がここだったのだろう?

確かに思い出のある場所なのは確かだが、あの状況から戻るべく場所は妻や子が待つ我が家ではないのか……というのはもちろんまやかし。


とても戦場での出来事の延長上に我が家を置きたくなかったのだ。


血まみれの手でわが子を抱き、欺き続けた口で妻と冗談を言い合うことなどしてよいのだろうか?


正義感などではなく、臆病なだけなのはわかっている。


逃げだとでもなんとでも言われたってかまわない。


僕にはとてもできることではなかった。


ここに戻されてどれぐらいの時間が経ったのかの詳細は分からないけれど、戦争は終わっていた。


まさに我が国が混沌を極めているど真ん中。


僕は、戦火に飲まれて命を落とした弟夫妻の忘れ形見である子供を引き取って、故郷で生活することを選んだ。


妻と子が生きているのかどうかもわからないままに。

いや、知るのが怖かったというのもあるだろう。


僕という人間はどこまでも臆病にできているようだ。


それなのに、甥と姪には愛情をもって接することの矛盾と偽善。

僕はまだ欺き足りていないというのだろうか?


欺くといえば、なぜかは知らないが母国語以外の言葉をしゃべろうとすると激しい頭痛と吐き気に襲われるようになった。


理由はわからない、けど原因は知っている。


だから僕が国に戻ってから母国語以外をしゃべったのは一度きり。

僕が語学堪能なのを知っているかつての同級生が市長を務める街に某国の要人が訪れた際、どうしてもというので一度だけ、それも内蜜でという約束のもとに通訳を担当したきりだ。


その後、僕が言葉について詳しいことを知る人間は一人、また一人と減っていき、そしてついには誰も知る者がいなくなった。


そしてあれから時が経ち……。


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