「そうか。貴様らの感触、懐かしさを覚えたんでな」「あの、以前私たちと同じ能力を持つ人と会ったことがあるんですか?」「いや、ないな」「こらこら! ここはボケるところじゃねぇぞ!」
不思議な存在の説明は的確で淀みがなく、驚くほどにすらすらと頭に入ってきた。
「なんだコイツ! えらそうなこと言っていながらスゲー簡単な話じゃんかよ! な~にが貴様らの頭ではわからぬかもしれん、だ!」
たぶん未來の知的水準に合わせて説明してくれたのだろう。
どうりで分かりやすいわけだ。
まぁ、それだけに説明する立場としては、骨が折れたかもしれないけれど。私にはそれがよく分かる。
しかし、シンプルな話だけに奥も深い。
謎、神秘、伝説……人間界におけるそれら森羅万象。
だけど、わかるほどにさらに迷宮へと誘われたのも事実。
それ以上のことについては、この不思議な存在が言うように、人間程度の頭脳や少ない語彙力、歴史観では到底理解の及ばないことなのかもしれない。
すると、不思議な存在が問いかけてきた。
「さて、次は貴様らのことについて聞かせてもらおうか?」
「なんだテメェ、意外と大したことないな! 全部知ってます、ってな顔しているクセにあたしらの能力についての知識はからっきしかいっ! この木偶の坊がぁ! って、華子が言いたげだぞ?」
「お前の発言を勝手に私にすり替えるな!」
あんまり挑発するのはやめてほしい。
さっきの恐怖のどん底体験をもうこのバカは忘れてしまったのだろうか?
「あの、私たちの能力は子供の時に気がついたら備わっていた、というか目覚めた、というか……ちょっとよくはわからないんですけど、何となく使えることができるようになったんです。特別な修行だとか修練などはなしで」
「そうか。貴様らの感触、懐かしさを覚えたんでな」
懐かしさ?
以前会ったことがあるというの?
私たちと同じ能力の持ち主に。
「あの、以前私たちと同じ能力を持つ人と会ったことがあるんですか?」
「いや、ないな」
思わずずっこけた。
「こらこら! ここはボケるところじゃねぇぞ!」
確かに。
普段からボケ倒している未來に突っ込まれるなんて、よっぽどのことだけど。
「同じではない。しかし近い能力を持っていた者になら幾度かはある」
そういって話し始めた不思議な存在の会話に出てくる名前は、いずれも日本史や世界史の教科書で見たことのある人物や出来事に関わる人たちだった。
そして、その内容というのが私が勉強や趣味で調べたそれらのこととは大なり小なりの違いがあるところも興味深い。
事実は小説よりも奇なり、だ。
「おい、あいつ何言ってんだ? さっきからいったい誰の話してんだよ?」
「あのな、今の話に出た人物や出来事は全部何度もテストに出てきたことだろうが……」
そして不思議に感じたこととしてあるのが、時代が古い話であるほど、なぜだか学校で習ったことと大きな違いや差はなく、現代に近づくほどズレや勘違いがあるところだ。
言葉も伝達機関も発達しているはずの近代のほうがあやふやなんて、ちょっと意外ではある。
それとも便利になるほど伝えることの真剣さが失われ、能力も劣るということなのだろうか?
それなら、いまはどうか?
カメラやビデオが当たり前のように普及し、その場その場を簡単に切り取ることはできる……けど、一番大事な空気感や温度までをそこに込めるのは難しい気がする。
プロのカメラマンとかなら話は別なのだろうけれど、それも世間一般に普及したことにより誕生した多くのセミプロ作品に混じることで受け手の感性を曇らせているのかも。
だから、受け手の読解力にもよるのだろうけれど、何となくそういう伝達する能力は便利になるほど劣化していっているような気がしてならないのだ。
やはり、便利になりすぎたのが原因なのだろうか。
それにしても、それらの歴史においてそういうものの見方ができるとは思わなかった。
実に興味深い。
正直もっといろいろと聞きたいところだけれど、そういう相手および状況でないのが非常に残念。




