「そうら! こいつも喰らえ!」 僕が揉みくちゃになっている隙を突いて、隊長が子供を不思議な存在の口元へと投げ捨てたのだ。「あっ! 待て! その子は!」
「どうやら考えが決まったようだな」
みんなの心に不思議な存在の声が響く。
「おい! いったいなにを頼んだんだ!」
「もちろんおれは生き残れるんだろうな!」
その途端、多くの隊員が僕に詰め寄った。
「ええい! 静まれ! 静まらんか! 貴様らそれでも誇り高き我が国の兵隊か!」
「うるせぇ! 馬鹿!」
「なんだと! そこになおれ!」
混沌の度合いが増す。
隊長派と謀反派が激しく罵りあい、間もなく小競り合いが始まった。
状況を知らない奴隷たちは害が及ばないように距離を置いて見守るばかりだ。
そして……
「ぎゃあ!」
「うわぁ!」
奴隷たちから悲鳴が上がった。
不思議な存在が奴隷をついばみ、貪り食い始めたのだ。
一人を屠ると次なる獲物めがけて行動を始めた。
散り散りになる奴隷たち。
あの子だけは、その惨劇をあっけにとられて見ている。
それまで親しくしていたはずの存在が突然牙をむき、一転魔性へと変化したことを幼い頭では理解しきれていないのかもしれない。
しかし、いくら逃れようとしても、この空間は想像主の掌。
次なる獲物が造作もなく捕獲され、食い散らかされた。
それまで争っていた隊員たちもその惨劇を目の当たりにして小競り合うことをやめた。
「お、おい! お前いったい何をお願いしたんだ!」
「おれは助かるのか? どうなんだ!」
またも僕に突っかかってきたその時、
「そうら! こいつも喰らえ!」
僕が揉みくちゃになっている隙を突いて、隊長が子供を不思議な存在の口元へと投げ捨てたのだ。
「あっ! 待て! その子は!」
別の奴隷に襲いかかろうとしたタイミングで子供は不思議な存在の口元に放り込まれ、その勢いで食いつかれた。
激しく噛みちぎられ、血肉が飛び散り、内臓が弾け飛んだ。
不思議な存在の口からはあの子の内臓と肉片がダラリと垂れている。
そしてこちらを見つめた。
「次は誰だ?」
隊員たちに戦慄が走る。
そして僕のことなどお構いなしにその場から逃げ去っていった。
『あの子は、あの子だけは……』
別に子供だからとか、自分で連れ出してしまったことに対しての自責の念でもない、はず。
しかし、あの子だけはここから生きて返すつもりだった。
語り部として戻ってもらいたかったのかもしれない。
悲惨、償い、不思議、反省、未来……穢れと打算による解釈ではなく、純真無垢な水平な視線で見たこれらの出来事について。
これも、天災ならではの不幸なのかもしれない。
僕の望みは、唐突な横やりによって打ち砕かれてしまった。
不思議な存在自体も言っていたように、僕が望んだことに不慮の事故で修正が加わってしまったことすら、気まぐれでしかないのだろう。
その惨劇を茫然と見ている僕に背後から話しかける者がいた。
隊長だった。
「あの子供だけを生かして残りは全滅といったところか? 貴様の願いなどそんなところだろうよ。違うか? ふふ」
「あなたは……」
まるで悪びれない様子、どころかしてやったりという余裕の表情。
「ふん。下らんな。実に下らんよ。ペシミスティックなヒロイズムなど戦場では不要どころか我が身を危険にすると何度言ったらわかるんだ貴様は? 事実、その他愛のない行為で今自らを犠牲にしようとしているではないか」
『隊長が英語を? あれほどに毛嫌いしていたはずなのになぜ突然に?』
あえて嫌いなもので蔑む。それが侮蔑感を高める目的であることを知るのには、少々時間がかかった。
「大方そんなところだと思ったが、予想どおりのようだったな。くくく」
不敵な笑みをたたえながら、勝ち誇ったように言い放つ。
『この人だけは……本当に人なのか? 心というものがないのか?』
そんなとき、突如として疑念が沸いた。
「あなたは死ぬのは怖くないのですか?」
そして挑発も込めて言った。
「いまならまだ間に合うかもしれませんよ? 僕の気が変わるかも知れません。あなた次第ではね」
すると相変わらず尊大な面持ちでゆっくりと答えた。
「なにを言うかと思えば馬鹿なことを。恐怖とな? お前はこんな状態になってなお、本当に恐ろしいことがなんなのかわからんのか?」
「本当の恐怖? 死以外にあるんですか?」
「曲げることだよ。私はこれまでやってきたことをすべて正しいと信じている」
「奪ってきたこともですか? 無駄に殺してきたことも」
「そうだ。そのすべてだ。否定して何になる? どうなる? 誰になる? 自分が自分であるためには当たり前のことではないか。自身を信じなければ誰が自分を肯定できるというのだね?」
本当だろうか?
もし、隊長のいうように自分を信じるのならば、これまでの行為に反省や後悔なく向き合っていくことができるのだろうか?
隊長ばかりではない。
この惨劇を望んだ僕ですらも。
信じれば、肯定されるのだろうか?
苦しまずに済むのだろうか?
「その言葉は本当ですか? あなたはこれまでの所業の数々について真っ向から対峙し、正当化して生きていくことができるのですか? 後悔することなく」
「当たり前だ。私は決して負けない、屈しない! そうやって生きてきたのだ。そしてこれからもな。切り開いてきたのだよ! 血筋にも常識にも対抗してな! まぁ、もちろんここを生きて出ることができればの話だが」
複雑な何かが隊長のいまを形成したのだろうか?
しかし、なにはともあれその言葉を聞いて、考えが変わった。
「それ! 今度はこっちの番のようだな!」
大方終わったようだ。
この空間で残っている人間は僕と隊長を残すのみ。
そして不思議な存在が隊長に向かってまさに今、迫ってきている。
「来るなら来い!」
隊長は素早く刀を鞘から抜いて正眼の構えをとった。




