戦争において一番の敵となるのはやはり仲間である。 いつもギリギリのところで裏切り、台無しにし、足を引っ張るのは決まって味方の側であり、善意であり、優しさだった。
奴隷たちはこんな状況にも関わらず、日々不思議な存在への感謝の祈りを捧げている。
まさか自分たちが生贄になることも知らずに。
もちろん、このことについては言わないようにもしている。
騒ぎを大きくしたくないからだ。
また聞かれることもなった。
現状に満足しているのかもしれない。
たしかに現世に戻るほうが危険は多いだろうし、ここなら空腹や疲労などの死に直結する恐怖とも無縁。
それも崇拝していた者のおひざ元にいるのだから、その感慨もただならぬものだろう。
漆黒の楽園、といったところだろうか。
僕が連れてきた子供にいたっては見たこともないぐらいに生き生きとしている。
あの不思議な存在に懐き、体を任せてくつろぎ、母親のように甘えているほどだ。
しかし、我々はというと立場が違う。
『生きたい、いや、死にたくはない』
あの不思議な存在は望みを言えといったが、そんなことは決まり切ったことだ。
が、しかし、それを口外するのはさすがにはばかれた。
こんな異世界においてもまだ日本男児としての矜持が勝っているのだろう。
誰一人としてそのことを直接口にするものはいなかった。
しかし、ずっとこのままというわけにもいかない。
隊長が口火を切った。
「さて、いつまでもこうしてはいられんな……」
しかし、具体的な提示はない。
無理もないだろう。
生贄として提示されている人数が奴隷の頭数を超えており、隊員の一部が犠牲にならなければならないのだから。
交渉、といえるのかどうかはわからないが、そのことについては何度も不思議な存在に交渉してはいるが、返答に変りはない。
求める分の生贄を出さないことには解放はありえないということだけは決定しているようだ。
そんな状態においての「さて」なわけだ。
それだけに、余計な口などはさめるはずもない。
不用意な発言で悪目立ちしてしまうとどうなるのかわからない。
それも隊長が相手なだけに、なおのことだ。
「意見を求めたいと思うわけだが……」
と隊長。
いつものいやな展開なだけに、また例の如く誰もが口を閉ざしている。
指名されるのはだれか?
一人の犠牲者を待つ時間は異様に長い。
「田中、お前は何を望む?」
驚く田中、安堵のその他。
しかしもたもたしてはいられないので、田中は無理に言葉を口にした。
「の、望みにつきましては、我が国の勝利、というのはどうで……うぐっ」
隊長は話の途中にも関わらず傍らの日本刀をつかみ、鞘で田中のみぞおちを射抜いた。
「貴様は我が国が負けるとでも思っているのか、このうつけが!」
「し、失礼しました!」
田中は激痛に耐えかねて前かがみになり悲痛の声を上げた。
発言の難しさ。
言いたいことはわかるし、望む気持ちも当然理解できるのだが、それがタブーに転ずる微妙なさじ加減。
小難しい隊長を相手にするには、特に気をつけないといけないところだ。
次なる犠牲者はだれなのか?
状況を見守る中、隊長が口にした言葉に皆が反応を示した。
「もうよい。私が聞いていみる」
渋面。
あからさまな不平が多くの隊員の顔から見てとれた。
それはそうだろう。
そうなってしまっては、各人が生きるも死ぬも隊長の考えにかかっているのだから。
一部、隊長のコバンザメとしてつき従っていた連中は全力でかしずき始めた。
「隊長! 的確なご指示を期待しております!」
「やはり隊長に従うのが賢明でしょう。これまで生きてこられたのも隊長のおかげ。ならば生贄になることについても我々は文句を言うことはできないのですから」
露骨なヨイショには、当然生き残る側に選ばれたい打算が働いてのことなのだろうが、その光景には寒気すら覚えた。
『味方ってなんだ? それなら敵とは?』
戦争。
敵味方をくっきりと二部するはずのこの出来事において何度も感づいたことなのだが、一番の敵となるのはやはり仲間である。
いつもギリギリのところで裏切り、台無しにし、足を引っ張るのは決まって味方の側であり、善意であり、優しさだった。
これらはいつも隙を狙って付け込んでくる。
今回のこの一件もそうだ。
「隊長! お願いします!」
「お前この場になってなに言ってやがんだ? この間隊長の悪口言っていただろ!」
「ふざけるな! それはお前だろ!」
醜い罵りあいは続く。
「お前は生贄確定だな!」
穴を埋めていくことで少しでも席を確保しようという魂胆が見え隠れして、そのやりとりのえげつなさには吐き気すら覚える。
「お前こそな! いや、こいつは絶対だろうな!」
そういうって僕の方にさげすみの眼差しで吐き捨てた。
『勝手にしろ』
僕はこのやりとには参加しなかった。
そもそも隊長から気に入られていないことは分かっていた。
それだけにこの醜い争いを冷静な目で見るほど参加する気は加速度的に失せって言った。
『全員死んでしまえばいいんだ』
いっそのこと、そうなればいいのにとさえ思いもした。




