気味悪がる者、崇める者、絶句する者、その他なんらかの感想を抱いた者。 想像を突き抜けた存在は、見る者にいろんな感想を抱かせずにはいられないのかもしれない。
山の中を歩き続ける。
入り込むほどに険しさを増していく。
うっそうと茂る木々に阻まれて光が通らないこともあり、悪い足元を確認しながらの行軍は困難を極め、皆の顔色にも疲労がにじみ出ている。
しかし、
『それにしても暗いな』
これまでは日が落ちても代わりに月明かりが周囲を照らしていたはずなのだが、今日に限ってはそれもなく真っ暗。
空を見上げても星や月が見えないのだが、雲に隠されているのかというとそうでもない。
フラットな夜空にはただただ闇だけが広がっていた。
まるで知らず洞窟にでも迷い込んだような……。
間もなくすると、同様の違和感を覚えたのか、不審がる声が聞こえ始めた。
「なんか、変じゃねぇか?」
「ああ」
そして行軍が止まった。
誰からともなく歩みを止め、誰からともなく騒ぎが始まる。
「ここはどこだ? 来た道も見えないぞ!」
一人の言葉に皆が反応し後ろを振り向く。
確かに闇が広がっているだけで、まるで何も見えない。
それは右も左も、前も後ろも、上も下も同じこと。
完全に闇でくるまれているような感じだ。
一体何が起きたのか?
「神の怒りにふれたんだ!」
「だからいわんことじゃない!」
そんな奴隷たちの言葉にはっとさせられた。
『まさか本当に山の神とやらの仕業なのか? しかし、確かにこれはただ事ではない』
不安と恐怖の頂点に達したその時、突如眼前に想像を超える姿が現れた。
「うわっ! なんだありゃ!」
「……」
「ば、化け物だ!」
「おお! 神よ! 山の神よ!」
気味悪がる者、崇める者、絶句する者、その他なんらかの感想を抱いた者。
想像を突き抜けた存在は、見る者にいろんな感想を抱かせずにはいられないのかもしれない。
僕の目には神でもなければ悪魔としても映らない。
まるで鏡を見ているような感覚に襲われている。
ものすごく身近だけれどどこか遠い存在。
なんとも不思議なことだ。
「さて、どうしたものか」
みな額を寄せあい、一様に同じことばかりを呟いている。
あれからどれだけの時間が経ったのだろう。
闇が広がる……いや、正確には闇しかないこの謎空間はすでに現実から隔離された特殊な場所であることだけは間違いがない。
逃げられない、腹も空かない、便意もない、眠たくもない、時間の概念もない。
そもそも生きているのかどうかもわからない……。
そこで、
『どうするか?』
という事が頭から離れないでいる。
そして、例の不思議な存在は常に我々を見ている。
動かず、語らず、ただ黙々と。
奴隷たちだけはひれ伏している。
やはり彼らの言うように、なんらかの神がかり的な存在であることだけは疑う余地はなさそうだ。
この異常事態がすべてを雄弁に物語っている。
とはいえ、このままでは埒が明かないのもまた確実。
打開策を考えなければならないのだが、はたしてどうにかすることができるのだろうか?
そんなとき、
「人間……」
どこからともなく声が聞こえた。
というより耳ではなく、心か頭に響いたとも言えなくもない。
一同顔を見合わせる。
「あれがしゃべったのか?」
部隊には動揺が走った。
「変わらずつまらぬ存在よ」
どよめく。
しかし奴隷たちには不思議と変化がない。
その姿を見る限りでは、この声が聞こえていないのかもしれない。
「やつはいったい何を言っているんだ?」
「おい! お前は一体何者なんだ!」
困惑する者もいれば無理やりに奮い立たせて怒る者もいる。
しかし、そんなこちらの状況などお構いなしになおも声は続く。
「それでは生贄を決めてもらおうか?」
「い、生贄だと?」
突然のことに驚きの声があちこちから上がった。
「そうだ」
「いきなり馬鹿な事を抜かすな! 冗談じゃないぞ!」
「ま、待て! あんまり怒らせると……」
またも喧々諤々。
その時隊長が一喝。
こんな場所においてもまだ威光は生きており、とたんに静まり返った。
「まずは話を聞こうじゃないか。いま我々は悔しいことだがヤツの掌中にある以上従うしか道はなかろう」
「生贄は三十人以上。誰にするのかはお前らの中の長が決めろ。さすれば望みをかなえてやろう」
「望みをかなえるだと?」
「三十人!?」
またも一同に戦慄が走る。
いきなり望みと言われたところで、考えることはただひとつ。
「この場から生きて帰る」
それしかないではないか。
そして、生け贄とはいったい……。
その数は奴隷たちの数を超えて部隊からも人身御供を出さなければならないこともどよめきを大きくした。
「なんだと! 冗談じゃないぞ!」
「そうだ! こんな馬鹿話になんて耳を傾ける必要はない!」
止められないほどの騒ぎとなる。
当然だ。
こんな意味のわからないことで命など落としたくはない。
また、そんなことで人生が終わってしまっては、これまでに耐え忍んできた苦痛はなんだったのか? となってしまう。
そしてなにより、大部分の者にとっては祖国に帰らなければならない理由があるのだ。
家族が、兄弟が、恋人や友人が、戻ってくるのを待っている。
が、しかし……これは決定したことなのだということも分かっていた。
あの不思議な存在が、この異常過ぎる状況を作り上げていることを考えれば、なにをされてもおかしくはないし、変な話ではあるが一部の人間が犠牲になることで残る一部は死なずに済むのだからそれはそれで救いかもしれない、と思うのは感覚がマヒしているからだろうか?
止まることなき部隊の暴走をしり目に不思議な存在はつぶやいた。
「醜さも、変わらずだな」
しかし、多くの者にはその声が聞こえていないのか、それとも知らんぷりをしているのか、喧騒が絶えることはなかった。




