「ぼくもかえ~ろおうちへかえろぉ~」「だから!」「今度はなんだよ?」「あのな! 帰ることを想起させるようなのはやめてよ!」「ホント細かいやつ! い~っぽすすんで、にっほさっがるぅ~」
あれからどれぐらいの時間が経ったのだろう……。
暗闇は時の感覚を希薄にする。
時間の概念は薄まれども、恐怖の気持ちは反比例して増幅する。
『怖い』
『帰りたい』
また弱気になっている自分がいる。
けど、未來はどうなんだろう?
そんな気持ちが伝わったのかどうかわからないが、突然未來が言った。
「な、なんかあれだな。なんつ~か」
言葉にならないのだろうけれど、以心伝心で伝わってくる。
「そうだ! 歌でも歌おうか! 歌! 歌! こんな時は歌だよな!」
そして気持ちが通い合ったようだ。
未來もやはり不安なのだろう。
「そうね。なんか、歌ってよ」
「おっし! 任せとけ! ここ一番のカラオケで盛り上がるやつをぶちかますぜ!」
『ありがとう。未來』
前進したくなるような、先に行かずにはいられないようなのを頼むよ。
そうして歌い始めた。
「こころめざめ、つばさひろげて、たびだつひ~。こころしばる、やみをきりさく~」
しんみりしているけど、今の心境にはマッチするかも。
「もうもどれない~もうかえれない~たいようのきば~」
「ちょっと待て!」
「なんだよ? 人が気持ちよく歌っているのに」
「もう帰れないって、なんだよ! この状況でそれを言うな!」
「あん? この曲がいっつもあたしらのカラオケでは盛り上がるんだぞ?」
「いったいどんな集まりだ! もっと弾けるように明るくて、前向きの歌詞のやつはないのか!」
「うるせぇな。わかったよ」
そうして咳ばらいをひとつしてから違う歌を口ずさみ始めた。
「い~いな~いいな~にーんげんってい~いなぁ~」
うんうん。
明るくていいね。
こんな感じね。
「ぼくもかえ~ろおうちへかえろぉ~」
「だから!」
「今度はなんだよ?」
「あのな! 帰ることを想起させるようなのはやめてよ!」
「ホント細かいやつ! い~っぽすすんで、にっほさっがるぅ~」
こいつ、本当は帰りたいんじゃないのか?
しかも歌詞を絶妙な間違い方しているし。
「きんにくにくにくにくじゅうはち~。あ~腹減った!」
帰りたい理由はこの場の暗い雰囲気に気圧されているんじゃなくて、晩御飯のすき焼き目的かよ……。
やっぱりコイツにシリアスなこと求めるだけ無駄なようだな。
◆■◆
間もなく進むと不思議な空間に行きあたった。
その違和感は未來も思うところがあるらしく、つと歩みをとめた。
闇の上を行くさらなる闇がそこには広がっている。
そもそも闇と光の接点は淡いものだ。
たとえば今置かれている状況としては外からここまでは道としてつながっているので、僅かばかりだが光の影響は受けている。
よって完全な闇ではない。
しかし、いま私たちの目の前には、そんな光の影響を一切受けていない純然たる闇が広がっているのだ。
その色合いは、ここまで道しるべとなっていた一筋漆黒と同じ色。
暗闇に慣れてきた眼をもってしても、その先に何があるのかがまるで見ることができないくらいの暗黒。
こちらが光を受けた黒、すなわちグレーとするならば一歩先からのそこはパーフェクトなブラック。
ここまでくっきりとコントラストが明確に分かれていると、暗闇にいてもその闇の違いがよくわかる。
この先にある空間は日常とは地続きではない予感すら漂っている。
例えるなら現実と向かい合っているが全くの非日常である鏡の中のような。
やはりただ事ではなさそうだ。
未來の手も汗ばんでいる。
強気な表情をしてはいるが、緊張しているのかもしれない。
「行くよ!」
未來が言う。
そして手に力がこもったのを感じたとき、私の手を引いて闇の中へと突き進んだ。




