生き死の瀬戸際において神や仏にすがる言葉を口にできるのはまだまだ余裕がある証拠だ。肉体とカンだけが動力となる。生きることへの大胆さと臆病さが問われる野生としての純度がものを言うのだ
「くそ、なんて山道だ」
隊員が口々に不満を漏らしているが、無理もない。
舗装どころかほぼ未踏の状態なので、道らしき道もなく重い銃器を担ぎながらではとても歩けたものではないからだ。
伸びた草に足を取られ、行く手を遮る枝が顔を打つ。
目的地までの距離がわからないことも手伝って、大きな疲労となってのしかかってくる。
「おい、山を越えるにはあとどれくらいかかるのか聞いてみてくれ」
隊長が僕に話しかけた。
隊員の疲弊した状態を見て、士気を減退させない必要を感じたのだろうが、先ほどの神の話などはもう頭にないようだ。
そもそも信じてなんていないだろうし、あの時弄した詭弁も所詮奴隷たちを言い負かすためだけのものにすぎない。
かくいう僕も話があまりにも突飛過ぎることもあって信じてはいないのだが、それでも山に入ってからというもの口々に念仏を唱えたり嘆いている連中の言葉を聞き続けていると、ひょっとしたら?という思いにも駆られる。
適当な人間を捕まえて現状を確認してみた。
「山の向こうへはまだ時間がかかります。それよりもこれより先に行くのは危険……」
表情は真剣そのもの。
「……」
「なんとか思いとどまらせることはできないのでしょうか?」
そうまで恐れる存在とは一体なんなのか?
「お前たちは我々の命令に従っていればそれでいいんだ。余計な口出しは無用」
気にはなるが、あまり首を突っ込むことでいらぬ感情を揺り動かされるのはもっと危険なことだ。
聞いたままのことを隊長に伝えた。
「山を越えるのはまだかかるようです」
「そうか」
「しかし、そろそろ例の神とかいうものには近付いているとも言っていますが」
口に出してから後のひとことは余計だったな、と思ったがすでに遅し。
「なんだと? 貴様はそんな馬鹿な話を真に受けていたのか?」
「いえ、ただ連中の表情や会話を聞いているとなんとなく……」
歯切れの悪いセリフ。
隊長が一番嫌いな態度をとってしまった。
当然、舌鋒鋭くやりこめられる。
「貴様はなにをしているんだ? 軍人ではないのか? 生きるか死ぬかのやり取りをしているこの場において、そんな非科学的なものの存在を口にするとは、まだまだ危機感がない証拠といえるな」
さげすみの視線を投げかけたまま、なおも続ける。
「生き死の瀬戸際において神や仏にすがる言葉を口にできるのはまだまだ余裕がある証拠だ。貴様は極限状態においてそんなことを考えているのか? 違うだろう。救ってもらうのではなく倒すことを考え、実行しているはずだ。肉体とカンだけが動力となる。そこには科学も神秘も一切ない。生きることへの大胆さと臆病さが問われる野生としての純度がものを言うのだ」
いちいち言うことが的確すぎるので返す言葉もない。
「生かされているのではない、自ら生きる。その考えを見失うとお前、死ぬぞ」
「失礼しました。以後気をつけます」
そんな時、他の住人も声を上げた。
「これ以上進むのはやめたほうがいい」
言葉のわかる僕以外には当然伝わらない。
しかし、いましがた隊長にたしなめられたばかりなので、ここはその意をくんで僕が対処しなければならない。
「いいから行け。この場で立ち止まっても餓死してしまうし、戻ったところで敵に会えばやられてしまう。行かないことにはいずれ死を待つのみ。行くしかないのだ」




