「鍋や焼き肉はみんな揃わないと始められないのが我が家の鉄の掟なのはお前も知っているはず。あたしらの勝手でそんなことしていいのか?」『そんな鉄の掟など知るか!』
日が暮れ出した。
空には爛々と輝く満月と星々。
「キレイ」
田舎なので町からでも星々を見ることはできるけれど、やはり山から見るその素晴らしさには到底かなわない。
夜空にぶら下がる無数の星々を結んで好きな人の顔を思い浮かべた。
柄にもなく、ロマンチック。
「うぉ! 星がすげぇな! 北斗七星はどこだぁぁああたたたた!」
未來が何やら興奮ぎみに騒ぎ出し、両手での正拳突きを空に向かってバタバタと繰り出している。
『あ~うるせ……』
一気に興ざめし、星を見るのをやめて時計に目をやる。
十九時半過ぎ。
我が家の晩御飯の時間は十九時ちょっきり。
それから三十分近く経っても帰宅しない私たちのことをパパとママも心配しているだろうな。
我が家に門限はないけれど、晩御飯前にはいつも家にいるわけだし。
せめて電話ぐらい入れたいところだけれど、こんな山道に公衆電話などあるわけもなく……あと十数年したら携帯電話という個人専用の電話機が普及するというのをいつかだれかの未来を見たときに知った。
こうなると、そんな未来のことを知っているのがちょっと歯がゆい。
そしてなによりも、もう駄目。
なれない山歩きで足もとはふらふらしており、体力の限界も近付いている。けど未來とおじいちゃんは元気に陰りもなく、まるで疲れている様子がない。
やはり私が虚弱すぎるということなのだろうか。
我慢が出来ずに聞いてみた。
帰りの心配もあるし。
「おじいちゃん。目的の場所まではまだなんですか?」
「どうだろうな」
「えっ? だって行く場所思い出したんですよね?
「うん。思い出した。というより気がついたというほうが正しいかな。そしていまその気付きによって導かれているんだ」
「……」
導かれるって……なんすか?
少し、というかだいぶん不安になってきた。
「さっき未來ちゃんから聞かされたワードで、僕の中で閉ざされていた部分が開かれたことを感じたんだ。今はその解放された何かに突き動かされているだけだね。僕なんだけど僕じゃない、もう一人の僕が導いてくれている」
さすがに何を言っているのか皆目見当がつかない。
そんな気持ちを狙い澄ましたかのようにグッドタイミングで未來が耳打ちした。
「脳に癌が移転したか? ありゃやべぇぞ」
同意。
珍しく未來と気があった。
「闇だけが答えを知っている」
闇……といっても今夜は満点の夜空。
隠し事すら照らし出してくれそうなほどに光が満ち溢れている。
それこそおじいちゃんが探していることまで包み隠さずに。
「ますますやべぇな。捨てて帰っちゃおうか?」
さらに耳打ちする未來。
本来ならド突く展開なんだけど、おじちゃんごめんね。
一瞬こんな悪魔のささやきに乗りかけた自分に反省。
でも、本当に疲れているんですよ、わたくし。
一刻も早く体を休めたい。
そんな私の気持ちを見透かしたように、デビルはなおも耳打ちする。
「そんなことより知っているか? 今日の晩飯すき焼きだぞ。早く帰らないとヤバいぞ?」
なにがヤバいんだか。
ってか、おじいちゃんとすき焼きを天秤にかけるのかよ。
「あのな、お前が言ったからこそおじいちゃんの未来と過去を見て、いまここでこうしているんだろうが」
自分が言い出したことなのに、そのことは全く無視して未來は続ける。
「鍋や焼き肉はみんな揃わないと始められないのが我が家の鉄の掟なのはお前も知っているはず。あたしらが食卓に並ばないとパパもママも食べられずじまいになっちゃう。あたしらの勝手でそんなことしていいのか?」
『そんな鉄の掟など知るかボケ!』
生来の性格まんまに鍋奉行気取りかつお肉大好きな未來が勝手に決めたルールだろうが。
でも、
『肉か』
確かにお腹も空いてきた。
なんてことを考えているとき、不意に周辺に闇を感じた。
「えっ……」
あれだけ晴れていた空に突然の曇。
それも空一面を覆うほどの。
たった数分ではありえないほどのスピードで、それこそ誰かが勢いよく空にカーテンをかけたのかと思えるぐらいに。
暗い……闇。
そして、なんとも不思議な光景。
光が一切閉ざされて暗くなった空間に一筋の漆黒がくっきりと道筋をつけているのだ。
黒へ溶け込まずに際立つ暗黒、もしくは溢れんばかりの光の中で輝く光線、赤にまみれない真紅、ともいうべき理解不能の空間が形成されている。
「こっちだ。さぁ早く来い」
そういわんばかりに、道に伸びている漆黒が私たちを誘っている。
突然のことに固唾を飲む。
おじいちゃんの方を見るが、全く動じていない。
どころか当然の成り行きのような顔をしている。
「行こうか。目的の場所はもうすぐのようだ」




