瞬間的に上げ、消えるだけの悲鳴とはわけが違う。 理解のできない言葉は時間とともに耳から消えていくが、意味を理解したものは記憶に残る。 生涯忘れられぬこととして、生き続けるのだ。 僕の中の一部として。
『来た』
僕の出番だ。
また死刑宣告をしなければならないのか。
しかし、もちろん拒否することなどできない。
「貴様には高原から隣国へ抜けるまでの先導をしてもらうことになった」
務めて冷徹に言い放つ。
同情の余地を与えないためだ。
命のやり取りをする場において付け入る隙を与えないのは基本である。
以前同情をしたことでこちらの命を落としそうになった経験もあっただけに、その後は極力甘い考えを持たないように努めている。
が、それでも辛いことには変わりはないのだが。
こんな時ばかりは隊長の冷徹さがうらやましい。
「そ、そんな無茶です! あの高原には無数の地雷が埋められています! そこを歩いていけなんて」
ひざまずき、ぼくの両手を強く握りながら懇願している。
「お願いです。妻もようやく妊娠したばかりなんです。どうか、どうか……」
言葉の意味だけではなく、機微まではっきり理解できることが呼び起こす不幸せ。
こんな悲劇を生産するために語学を学んできたわけではない。
それどころか、これまでいくたびも聞かされてきた痛切な言葉の数々が、僕の心に大きな傷を残してさえいる。
もしかしたらいきなり銃殺されるよりも言葉を積み重ねた上で殺されるほうが残酷なのかもしれない。
死ぬ者だけではなく、その重荷を引きずって生きていく者にとっても。
「お願いです。お願いします」
消え入りそうな声でなおも懇願する。
「おい、どうした?」
隊長の声で我に返った。
そうだ。
いつまでもこんなことをしている場合ではない。
「おい、急げ。貴様が高原を先導しない限りは先に進むことができないんだ」
「そ、そんな!」
男は悲痛に叫ぶ。
だが、僕にはそれでも言わなければならないのだ。
「お前がやらない限りは皆動くことができない。貴様の勝手な行動のせいで皆が死んでもいいというのか? それとも貴様の代わりになる人間がいるのであれば連れてくるんだな」
代わりなどいるわけがない。
それを知った上で選択の余地なき判断を求めているのだ。
貴様のせいで、と逃げ場のないプレッシャーのおまけつきで。
よくもこんな残酷な言葉が出てくるものだと我ながら寒気を覚える。
そしてその言葉が一字一句間違いなく伝わっていることの恐ろしさ。
言葉とは便利すぎるのかもしれない。
うまく伝わらなければ、こんなにまでお互いに辛い思いをしなくてすむのだから。
隊長の視線を感じる。
『さっさとやれ』
無言のプレッシャー。
これ以上はもたもたできない。
僕は通訳としての立場上前線には加わらないため、最低限この仕事だけはきちんと遂行しなければならないのだ。
半ば非戦闘員的立場であることに対しての他の隊員からの風当たりも当然強い。
『やらなければ』
心の中で呟き、さらに辛辣なセリフを投げかける。
「行け! 急ぐんだ!」
高原を指差し怒鳴りつけるが、男はなおも僕の体に強くすがって動こうとしない。
「行けと言っているんだ!」
すまない、と思うのは自分に対しての詭弁だろう。
わかっている。
わかっているけど……。
僕はつくづく弱い男だと思う。
すまない、ともう一度心の中で呟くも、とった行動は裏腹だ。
男を突き飛ばし、睨みつけながら言った。
「早く行け! 行かないと……」
行かないとどうするのか?
言葉が次げない。
その時まるで僕の言えなかった言葉を受け継いだかのように隊長が代わりに行動で示した。
本当はこの国の言葉がわかっているのではなかろうか?
「お前は手ぬるい」
そう言うと、男の足元めがけて一発発砲した。
男は悲鳴を上げてその場にへたり込んだが、銃口は足元からゆっくりと男の顔に狙いが定められた。
そしてさらにもう一発。
弾丸は当たらずに男の頭上すれすれをかすめて地面に着弾した。
慌てふためいて男が立ち上がり、駈け出した。
隊長はなおも発砲して男が軌道を走るようにうまく誘導した。
その必死な様を見て笑う兵隊たち。
そして……
轟音。
どうやら男が地雷を踏んだようだ。
激しい爆発音とともに、土くれと弾けて木端微塵になった肉塊が宙に舞う。
爆発音を聞いた兵隊たちは歓声を上げた。
「ふむ、やはり高原の道は危険なようだな」
隊長は一人納得してピストルをフォルダーにしまった。
そして僕に向かって軽蔑のまなざしとともに言い放った。
「情けをかけるな。油断をするな。そうしなければお前、殺されるぞ」
「はい」
「それも敵にではなく、私にな」
「……肝に銘じます」
冷や汗をかいた。
そうなのだ。
味方にこそ敵以上に厄介なものが潜んでいる。
わかっていることだ。
なんといっても僕自身がそういう危うい存在として仲間から思われている節もある。
それでも何とか仲間として認められているのは僕のかけがえのない能力である語学があるからこそなのだ。
能力に苦しめられ、その能力に助けられる。
なんとも皮肉な話ではないか。
しかも、捨てられない。
捨てた途端に自分はこの場において無価値となる。
だから使う。
そして苦しむ。
僕の言葉は賄賂のやり取りをはじめとするあらゆる交渉のほか、現状の敗走を円滑にするためになくてはならない存在。
そんな切って捨てたいところを我慢しなければならない歯がゆさと苦々しさを感じている者も少なくはないようで、時折聞えよがしにいやみを言われることすらある。
でも本当はヤツらに言ってやりたい。
「立場が変われるものなら変わってほしい」
と。
前線には立たないとはいえ、僕だって銃器で殺したこともある。
それに加えて言葉でも殺めなければいけない苦しさをお前らはまったく分かっていないのだ。
恨み、嘆き、懇願、その意味を知りつつ殺さなければいけないことの重圧を分かっているのか?
瞬間的に上げ、消えるだけの悲鳴とはわけが違う。
理解のできない言葉は時間とともに耳から消えていくが、意味を理解したものは記憶に残る。
生涯忘れられぬこととして、生き続けるのだ。
僕の中の一部として。
待機場所に行くと死んだ男の妻らしき女が僕のそばに駆け寄ってきた。
「あの人は? あの人は?」
涙目で猛然と話しかけてきた。
「お前の夫は死んだ」
とは言わない。
「お前の旦那はスパイとして□◇国に送り込んだ。しばらく会うことはできないだろうな」
ウソをついた。
「そんな……」
その場に女は泣き崩れた。
「さっき爆発音のようなものが聞こえたけど……」
別の者が口をはさんだが、その発言は睨みつけて黙らせ、その場を後にした。
『なんでこんなわざとらしい嘘をついたのか』
自分が死へと追い込む橋渡しをしたことを後悔しているわけでもない、と思いたい。
大体にしてそれを言ってしまえば、僕はいままでどれだけの人間を欺き、殺す手伝いをしてきたのだろう?
目に見えないことが多いだけで、僕の言葉が引き金となりたくさんの血が流れていることは間違いない。
言葉の持つ破壊力は銃器の比ではないのだから。
「狂気」
「異常」
これは人間の意志がやらせていることではないような気がする。
いや、そうでも思わなければやっていられないのかもしれない。
でも、それなら何がそうさせているのか?
時代とも民意とも正義とも言うことができるけど、そのどれもが正解のようでいて不正解のようでもある。
結局わからずじまい、というよりあえてわからないふりをしているのかもしれない。
本当のことを知るのが怖い。
そして本当のことを伝えるのも同様に怖い。




