自問自答するも結局は自分もその一員なのだ。 自己弁護も甚だしく、そんなことを考えるほうが偽善な気もする。
戦姦殺奪暴悪炎謀密盗計打魔騙殴撃滅陰酷裂冷非虐刺死……。
慣れの恐ろしさは、慣れてはいけないことまで慣れてしまうことにある。
一人目を殺した時には己のやらかしたことの恐ろしさに夜も眠れず、二人目を殺した時にはその人間の家族が浮かんで寒気を覚え、三人目では吐き気、四人目では……もう、慣れてしまった。
一九××年×月×日、○×国での行軍は狂気がわからなくなるくらいに狂っていた。
マヒしていたのかもしれない。
おかしくなっていたのかもしれない。
いや、もしかしたらそれが正気なのかもしれない。
少なくとも戦場においては。
「おい、そっちはどうだ?」
「こんな物が出てきました!」
カメラを手に男が叫んだ。
「ほう、こんな未開の地にそんな贅沢品があるとはな」
隊長はカメラを受け取ると、尊大な態度で言った。
「よし。これは持って行こう。その汚らわしい文字を削るを忘れるなよ」
「はい」
隊長は英語アレルギーと言ってもいいぐらに異様なまで毛嫌いしている。
そのため戦利品のなかに有用でもそれらの文字が入っている場合は、削るなどして抹消することを義務付けられているのだ。
まもなくして声がした。
「すべて済んだか?」
「はい! 確認したところ有益な情報は得られませんでした。必要な物資の確保及び奴隷の選り分けも終わっております!」
「よし、それでは不要な方を速やかに処分しろ。疲弊したのも一緒にな」
隊長の命を受けて、部下たちは速やかに行動に移る。
「#&$#!」
「へっ、何言っているかわかりゃしねぇや」
部隊が襲撃した村で生け捕った子供や老人など、不要と選別された人間とこれまでの行軍で労働力や性処理として引き連れてきた中でも元気のない者を建物の柱にくくり付けていく。
事態の異様さと、前の村での惨劇を見た者が抗いだしたのが伝染していき、次第に騒がしくなっていく。
言葉がわからなくても何をされるのかはすぐに理解ができるのだろう。
しかし、明らかに懇願しているのに、それらを見る眼には温もりなどはない。
物体、それも邪魔な物にでも対処するように邪険だ。
いや、騒がしい上に逃げようとするので、余計ないらだちを持って対処にあたっている。
「おら! おとなしくしろっての!」
そう言って逃れようとする者を力任せに思いっきり蹴りあげた。
当たり所が悪かったのかぐったりとしている。
しかし、怪我の状態など気にはしない。
どうせ間もなく死ぬ定めなのだから。
「た、助けてくれ!」
「我々が何をしたと言うんだ!」
悲鳴、懇願、怒り。
そんな心地よさのかけらもない言葉を聞くために、語学を勉強してきたわけではない。
それどころか逆に、そこに傾けた情熱や努力の分だけ僕を苦しめることになろうとは。
「助けて! お願い!」
前の村で攫われてから奴隷として従事していた女が僕に向かってわめいている。
言葉の意味がわかる僕に言っているのだ。
懇願をあえて無視することの辛さ、わかってもらえるだろうか?
そんな苦痛を一人背負わなければならない重圧、共有できない孤独感、逃げ場のなさがさらに僕を苦しめる。
ひたすら聞こえないふりをして見過ごすしか手はない。
甘いところは見せられないのだ。
なぜかと言うと、ここは戦場だから。
敵のみならず、味方にも弱さを見せることはできない。
いや、味方にこそ知られてはいけな部分と言えるだろう。
敵は何も外部の人間と限ったわけではないのだ。
本音を言うと耳をふさいで逃げ去りたいくらいだが、あくまでも毅然とした態度でさりげなさを装いながらその場を去る。
「よし! 準備ができたぞ!」
「じゃあ、火を付けるぞ」
どう考えてもまともではないこの状況、しかし傍観することができるようにはなった。
そんな自分を異常だとは思う。
しかし、ここではそれに参加するくらいの心持の方が正常なのだ。
『しかたがない。しかたがないことなんだ』
そう自分に言い聞かせるものの、はたして本当にそうなのだろうか?
なぜ殺すのか? 部隊の足取りを密告させないため。
なぜ奪うのか? 部隊の維持及び賄賂確保のため。
なぜ犯すのか? なぜ燃やすのか?
なんのために?
すべては勝つために。
そして生きて祖国の土を踏むためにやっている。
しかし、
『本当にしかたがないことなのだろうか?』
この事態、到底肯定などできるわけはないが、しかし否定できないのもまた現実。
自分が死んでも構わないのであれば否定すればいい。
そうでないのなら……。
『なら、どうすればいいのか? どうすることもできない。ただ流されていくしかない……』
自問自答するも結局は自分もその一員なのだ。
自己弁護も甚だしく、そんなことを考えるほうが偽善な気もする。
バチバチと勢いよく火の手が上がっている。
燃え上る村落。
火の爆ぜる音と悲鳴が聞こえてくる。
が、間もなくして悲鳴はプツリと消えた。
それと入れ替わるように、残された奴隷たちの嗚咽が耳に入った。
仲間の隊員たちは悲観にくれているのもお構いなしに、連れていく奴隷たちの右手の人差指と中指を針金で結んでいる。
「クソ! ばっさり指を落とすほうが楽でいいのにな!」
「ああ、まったくだ」
これは隊長のアイディアで、連行する住民たちの反逆行為を封殺する目的でやっているのだ。
この二つの指の自由を奪うことで大抵のことを封じ込められる。
拳を握れないので殴打もできず、銃などの武器を手にしても使うことができない。
最初は人差指か中指を切り落としていたのだが、荷物運びなどの重労働がはかどらず、また傷口から細菌が入り込んでおかしな疫病を発病しないとも限らないので中止となり、今は指を針金で固定する方法に切り替わったのだ。
「準備は終わったか?」
隊長が声をかけた。
「はっ! すべて終わりました!」
一列に並べられた奴隷たちの顔を見ながらゆっくりとその前を歩いている。
と、その時、
銃声。
「きゃー!」
そして悲鳴。
なにを思ったのか隊長が突然奴隷の一人を射殺したのだ。
その血しぶきを受けた女が絶叫していたが、間もなく銃座で頭を殴りつけられて気絶し、おとなしくなった。
他の奴隷たちもその光景を目にして引きつった表情で静観している。
「お前は計算もできんのか? 現在備蓄している食糧と人数から考えれば目的地に着くまでに枯渇してしまうかもしれんだろうが」
そう言いながら今回の襲撃の指揮を執った部下の頭を銃口で小突いている。
「申し訳ございません!」
緊張に顔をこわばらせながら謝罪をする部下。
「あとは、そいつとその隣も間引いておけ」
隊長が命令を下すと速やかに処刑がされた。
そして出発の準備を整え始めているとき、隊長が戦利品のカメラを手にしながら独り言をつぶやいた。
独り言といってももちろん聞き逃すわけにはいかないので、皆一様にそば耳を立てている。
「ふむ、せっかく手に入れたのだから使っておきたいところだが……」
皆口々に囁いている。
カメラを使ったことがない者がほとんどなので、どうしたものかと相談しあっているのだ。
これにより隊長の気分を損ねると後々面倒くさくもある。
「私でよろしければ撮影いたします」
戦争前、何度か仕事の関係でシャッターを切ったことがある。
仕組みに違いがなければ使うことができるはずだ。
「ほう、お前が?」
「はい。お任せください」
極力隊長とは接触したくない(これは僕だけのことではないが)はずなのに、この一件を進んで出たのはなぜだろうか?
仲間と言うには抵抗のある仲間たちと一緒に写りたくなかったということはあったと思うが、それだけだったのだろうか?
もうそのことについて思い出すことはできないが、かわりに忘れられないことも体験した。
「今回の襲撃は収穫が多かったな」
「ああ、久しぶりに新しい女ともヤレるしよぉ!」
一か所に固まる仲間たちが朗らかに雑談をしている。
しかし会話の内容自体はそれら安心しきった表情とは程遠い。
ファインダー越しに写る仲間の顔に違和感を覚える。
『なんでそんなにリラックスできるんだ? あんなことをやった後だぞ?』
あまりの異様さにカメラから目を離し、思わず肉眼で確認してみた。
「おい、何やっているんだ?」
いぶかしがった被写体の一人がそんな僕の行動を不思議に思ったようだ。
「いや、なんでもありません」
適当な返事でやり過ごすが、カメラから見える変わらぬ異風景が僕に問いかけてくる。
『それならお前は違うというのか? 連中とは別なんだと無理やりに違いを見出そうとしているだけではないのか?』
そうなのだ。
違いなどない。
カメラという冷徹な機械が浮き彫りにした一つの現実に過ぎないのだ。
僕も彼らも変わりなどない。
その後どういういきさつかは忘れてしまったがカメラは引き上げ後間もなく僕の手元にあった。
現像されないままの状態で。
とても現像などできはしない。
他にはどんなものが撮影されていたのかは知らないが、それを見るのが怖かったのだ。
あの狂気の沙汰とも言える現場の瞬間と一緒に収められているであろう、戦火に見舞われる前の現地の人々の和やかな一幕。
それらを一緒に見るのが恐ろしかったのかもしれない。
しかし、カメラはその後泥棒に忍び込まれたときに盗難にあってしまい、僕の手元に戻ることはなかった。




