「この儀式は中学生からだ!」 「自信満々に馬鹿ぬかすな! お前のやっていることは全年齢対象で犯罪になるんだよ!」
「お~ヤベェヤベェ。チルアウト効果絶大だなぁ!」
未來がはしゃいでいる。
言っている意味わかってんのかよ。
「うっ……」
未來のどなり声が頭に響く。
気分が悪い。
バッドトリップしたか?
「おっ? お華、生きていたか? てっきり逝っちまったと思っていたが」
「本当に死ぬかと思ったわ! でも、まさかとは思うがお前、子供たちとはやってないだろうな?」
「馬鹿なっ! やるわけないだろこんな危険なこと!」
さすがの未來も悪いことを自覚しているようではある。
そして自信を持って言い放った。
「この儀式は中学生からだ!」
「自信満々に馬鹿ぬかすな! お前のやっていることは全年齢対象で犯罪になるんだよ!」
その時、おじいちゃんが高笑いしながら会話に入ってきた。
妙にハイでもある。
「いや~、実に久しぶりだったよこの臭い。戦時中は気を紛らわすためによく嗅いだもんだ。うん! 元気が出た!」
「ははは……」
さすがに相槌しか打てないな。
「ところで、もっとないのかな? 嗅ぎ足りないんだが?」
あの、笑えないんですけど……。
「う~ん残念、今のところこれが全部なんだなぁ。でもさ、純トロならあるけどどうだ?」
そう言って、テーブルの脚の部分にかけられていたカーテンを得意げにサッと開いて銀色のブリキ缶を見せつけた。
「コラコラ! そんなモン出すな! ってか、どう見ても業務用だろそれ! 一体どこで手に入れたんだよ!」
「ふぉふぉふぉ、これも秘密じゃて。今度は冷たいものでも仕入れておこうかのう」
本当にコイツの交友関係はどうなっているんだ?
◆■◆
「さて、みんなハッピーな気分になったところで、本番といきますか!」
未來が大声で音頭をとった。
「ほう、して何をするのかな?」
不思議そうな顔つきのおじいちゃん。
「一緒に手を握ってください。ほんの少しの時間で済みますから」
説明したところで分かってもらえないだろうから、その辺を省いてやり方だけを説明する。
「ふむ、手だね」
意外なほどにすんなりと受け入れてくれた。
ちょっと不思議ではある。
なにが始まるのか気にならないのだろうか?
私たちがおままごとをする年齢ではないことぐらい、知っているとは思うんだけれど。
私とおじいちゃんと未來は地面に座り、手をつないで輪になった。
実のところ能力を使うのに必要な行為ではないのだが、これまでの経験から少しでも相手を身近に感じるほど成功率が高く、また多くの情報を引き出すことができる気がしているためだ。
縁起担ぎ程度のものかもしれないけれど、成功させるためのおまじないとしてやるようにしている。
『伝わってくる』
じわじわと、おじいいちゃんの温もりが。
それを実感するほどに意識は遠のいていき、同時に相手の中へと入っていくことがわかる。
そして……。
◆■◆
「おじいちゃんの中へ入っていっている。あたしの中で展開する不思議なビジョン。万華鏡を覗いた時のように不明瞭ながらも美しいモザイクの破片はおじいちゃんの過去、過ごした時間の断片」
「それらがどんどん姿をかたどり、匂いを帯び、温度を感じさせる……華子は未来は恐ろしいものだって言うけれど、過去だって凄く怖いものなんだよ?」
「未来は変えられる。あたしはそう信じている。けど過去はどうやっても変えられない」
「それにきれいなことばかりじゃない。いろんな残酷なことや悪事だってある。それこそ、ときには目をそむけたくなるようなことも……」
「でもね、それでもあたしは例えどんな過去だとしても、それを肯定した上で燦然と輝く笑顔や幸福にこそ本当の価値があると思うんだ」
「例え刹那のことでもいい。一瞬でもその人が一番幸せになれることの手助けができるのであればね。少なくとも、その瞬間には嘘がないはずだからさ」
「だから、どんな過去でも共有するんだよ」
「あたしたちの能力が、単なる鑑賞ではなく体験であることには、きっとそんな意味が込められているはず」
「そう、共有」
「すべてを理解するためのことなんだと思う。だから、それをギュッと抱きしめるんだ。そのすべてをね。あらん限りの力をこめて。強く、強く」
◆■◆
「う、ん」
目が覚めた。
時計を見ると三分程度の時間が過ぎていた。
おじいちゃんと未來の姿を見るが、二人はまだ継続中らしく目をつむっている。
おじいちゃんの未来はやはりというかなんというか、時間が残っていなかったようだ。
癌を患っているのだから、そう長くは生きられないということなのだろう。
けど、それにしてもまるで何も見えないことが非常に気になった。
いくら治らぬ病気といえ、今日明日にでも死ぬのでなければ、なんらかの未来のかけらが見えてもおかしくはないからだ。
しかし、まったく見えなかった。
そこがちょっと引っ掛かりもしたが、私自身この能力のすべてを把握し、使いこなせているわけではないのでこういうこともあるのだろう、としか言いようがない。
なんにせよ、未来の量が少ないので私のほうが未來よりも早く終わってしまったのだ。
が、しかし、その分過去はどっさりとある。
『まだ、記憶の旅から帰ってくるのに時間がかかるかな』
私はタバコを取り出して一服つけた。
そして半分も吸ったあたりでおじいちゃんが覚醒。
次いで未來が目覚めた……のだが、現実に戻るなりいきなり激しく嘔吐した。
地面に吐しゃ物が広がっていき、部屋の中は一気に悪臭が漂い始めた。
「がっ、はっ!」
さらに勢いよくえずく。
まぁ、無理もないだろう。
戦争体験者の過去を見るなんて、安穏と生きてきた私たちには酷過ぎる。
そう、私たちが見る未来と過去は単なる記録や映像ではないのだから。
原体験、すなわち生。
爆音、怒号、硝煙、悲鳴、死臭……現在に生きる上ではまず体験することのない強烈な非日常にいきなり放り込まれて、正気で直視することなどできるはずがないのだ。
「うっ、げぇ」
未來は、吐くものがなくなってもなおむせび、もがき苦しんでいる。
そんな様を見ておじいちゃんが、未來に近づいて心配そうに話しかけた。
「未來ちゃん、大丈夫かい?」
「う、わっ、ひぃ!」
おじいちゃんを見るなり、甲高い悲鳴を上げた。
とっさに後ずさりして魔物を見るような恐怖の目つきで、ひきつった表情のまま強張った。
こんな未來は生まれてこのかた見たことがない。
よほど酷いことを体験してきたのだろう。
おじいちゃんのもう一つの顔を見たのかもしれない。
普段やさしく明るい性格なだけに、戦場におけるおじいちゃんの振る舞いが見るに堪えないものだったのだろうか?
『でも私は助けないよ。これはあなたが決めたことなんだから』
冷たいような気もするけど、この体験、その恐ろしさは身をもって知っておいてほしいから、あえて突き放す。
そうすれば、今後気易く他人の過去や未来を見ることに抵抗を感じ、いかに危険なことなのかを分かってもらえるだろうし。
能力の解明はしたい、けれど、やはりやたらと使いたくはない。
「未來ちゃん?」
キョトンとするおじいちゃん。
「だ、だ、だ、大丈夫ですから! 少し待っていてくだ、ください」
あの未來が敬語か。
どもっているし。
相当錯乱しているようだ。
そして待つこと数分。
珍しいくらいに静まり返っていた未來だが、「よしっ」と気合を入れて立ち上がると、おじいちゃんに軽く会釈をし、大丈夫なことをアピールしてから私の方に近づいてきた。
「で、どうだったの? 私の方は特にめぼしい情報はなかったけど」
「うん、あたしのほうはなんとなくだけど心当たりがあった」
「そう。なら知っていることをおじいちゃんに伝えて」
そんな私たちのやり取りをおじちゃんはポカンと見守っている。
なにがなんだか、というところだろうけど、それも仕方がない。
かといって、一から説明したところでわかってもらえるとも思えないし。
「じゃ、未來」
「うん」
その後未來は目撃した情報らしいキーワードをひとつずつ口に出していった。
私にはさっぱりわからないことだけれど、そんな言葉を聞くたびにおじいちゃんの表情は見る見る変わっていき、七つ目のところで得心したようで、「うむ」とひとつ唸ってから力強く私たちを見て言った。
「ありがとう。おかげでなんとかなりそうだ」




