第5話 鑑定水晶、壊れる
「いいかティオ。今日の鑑定の儀で、俺たちの人生の九割が決まる」
翌朝。王立リーフェン学院の講堂は、昨日とは比べ物にならないほどの熱気に包まれていた。
教壇の中央に鎮座しているのは、大人ほどの背丈がある透明な水晶だ。学院が百年以上使い続けてきた大きな魔道具、『鑑定水晶』であるらしい。
「ここで貴族様に目をつけられるようなすごいスキルが出れば出世は約束されたようなもんだ。逆に使えないスキルなら、学院に入れたとしても一生下働きで終わる」
隣の席で、ダンがごくりと唾を飲み込んだ。
「よし、俺の番だ。見てろよ」
名前を呼ばれたダンが、緊張した面持ちで教壇に上がった。鑑定官に促されて水晶に両手をかざす。すると、水晶の内側からぼんやりと白い光が灯り、表面に文字が浮かび上がった。
【鑑定結果】
名前:ダン
年齢:15
スキル:商才
総合評価:D
「よっしゃあ!商才スキルだ!これで俺の人生、安泰だぜ!」
ダンは教壇の上で、拳を高く突き上げた。
「おめでとうございます、ダン。商会のお仕事にぴったりですね」
戻ってきたダンに僕が声をかけると、彼は得意げに鼻をこすった。
「おう。これでうちのコルト商会でふんぞり返ってる兄貴たちを見返してやれる。まあ総合評価はDだが、一般枠の平民としちゃ上出来だ」
「そこ、道を空けろ!ヴィクトル様のお通りだ!」
突然、講堂の後方から威圧的な声が響いた。
受験生たちが慌てて道を譲る中、一人の男子生徒が優雅な足取りで教壇へ向かっていく。プラチナブロンドの髪をきれいに撫でつけ、仕立てのいい上等な服を着ている。取り巻きらしき生徒たちを何人も引き連れていた。
「ふん、平民の汗臭い空気が充満しているな」
彼が歩くたびに、周囲の受験生たちから「侯爵家の若君だぞ」「魔力もすごいって噂だわ」というヒソヒソ声が漏れた。
「ヴィクトル・ベルンハイムだ。王都でも指折りの名家の跡取り息子で、しかもプライドが山より高い」
ダンが小声で教えてくれる。
ヴィクトルさんは教壇に上がると、ふん、と鼻を鳴らして尊大に水晶へ手を伸ばした。
「この私の才覚、とくと見るがいい」
水晶が、ダンの時とは比べ物にならないほど強く赤い光を放った。
そして、文字が浮かび上がる。
【鑑定結果】
名前:ヴィクトル
年齢:15
スキル:爆炎魔法
総合評価:A
「おおおっ!」
「爆炎魔法だと!?しかも総合評価A!」
「さすがはヴィクトル様だ!将来は王宮魔術師か騎士団長間違いなしだぞ!」
講堂中から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
ヴィクトルさんは満足げに頷き、教壇を降りる。その帰り際、彼はこちらを一瞥して冷たく笑った。
「さて、次は平民どもの番だな。せいぜい己の無力さを知ることだ」
「次、シルト村のティオ。前へ」
「はい」
僕は返事をして、教壇へ向かった。何百人もの視線が背中に刺さるのを感じる。
「がんばれよ。お前も何か一つくらい、得意なことがあればいいな」
ダンの言葉に頷いて、僕は水晶の前に立ち、ゆっくりと両手をかざした。
村では、薪割りも手当てもかくれんぼも、みんなに教わった通りにやっていただけだ。オズ先生の魔法の授業も、読み書き計算の基礎ばかりだったし。
きっと僕には、特別なスキルなんて何もないんだろうな。
そう思った瞬間だった。
カッ!と、水晶が爆発したかのように強烈な白い光を放った。
「な、なんだ!?」
「眩しい!」
あまりの眩しさに、講堂の窓から差し込む朝の光さえもかき消された。受験生たちが一斉に腕で顔を覆う。僕も思わず目を細めた。
水晶の奥底から、信じられないほどの光の奔流が渦を巻いて溢れ出そうとしている。
そして、光の中に文字が浮かび上がった。
【鑑定結果】
名前:ティオ
年齢:15
スキル:――
総合評価:表示不能
表示不能?
僕が首を傾げた、その直後だった。
「ひょ、表示不能だと!?そんな馬鹿な……建国以来、こんな結果は」
鑑定官が震える声で叫んだ時。
ピキッ。
小さなひび割れる音が響いたかと思うと、次の瞬間。
パァァァンッ!
凄まじい破砕音とともに、巨大な鑑定水晶が粉々に砕け散ったのだ。
細かい水晶のかけらがキラキラと光を反射しながら、教壇の上に降り注ぐ。
講堂は、水を打ったように静まり返った。誰もが言葉を失い、砕け散った鑑定水晶と、その前に立つ僕を交互に見ている。
「鑑定水晶が……割れた?」
呆然とそう呟いたのは、すぐ横にいた鑑定官だった。
「あ、あの、すみません!僕、ただ触っただけで……すぐに弁償します!」
僕は慌てて頭を下げた。どうしよう。冒険者ギルドのテーブルどころの騒ぎじゃない。王都のこんなに大きな水晶、一生かかっても弁償できないかもしれない。
僕が青ざめていると、鑑定官はハッと我に返り、大声で宣言した。
「こ、これは魔道具の寿命だ!長年の使用による劣化だ!決して君のせいではない!」
「ということは、弁償は……」
「不要だ!そして結果が測れなかった以上、君はスキルなしとする!下がりなさい!」
鑑定官は顔を真っ赤にして叫んだ。弁償しなくていいんだろうか。僕は心の底からほっと息を吐いた。
僕が席へ戻ろうとすると、行く手を遮るようにヴィクトルさんが前に立ち塞がった。
「ふはははは!スキルなしの平民が!魔道具の故障で命拾いしたな!」
ヴィクトルさんは、取り巻きたちと一緒に僕を指さして嘲笑した。
「奇跡が起きて、この私のような上位スキルが出るとでも思ったか?身の程を知れ、ゴミめ」
「ええっと……」
僕は困惑して頭を掻いた。
「奇跡なんて思ってないですよ。村でも何もなかったので、スキルなしで普通なんです。それより、水晶を弁償しなくて済んで本当によかったです」
僕が心から安堵してそう言うと、ヴィクトルさんは面白くなさそうに顔を歪めた。
「……チッ。強がりを言うな、負け犬が」
ヴィクトルさんはマントを翻し、去っていった。
「おいティオ、大丈夫か?あんな奴の言うこと気にすんなよ」
席に戻った僕に、ダンが心配そうに声をかけてくれた。
「ありがとうございます、ダン。でも、本当に気にしてないんです。僕は村でいちばん弱かったので」
「お前なあ……」
ダンが呆れたようにため息をついた。
教壇では、砕けた水晶の片付けが行われ、別の試験官が声を張り上げた。
「これより、実技試験に移る!名前を呼ばれた者は、組ごとに訓練場へ移動せよ!」
試験官の説明によれば、実技は二つに分かれているらしい。まずは剣の試験で、試験用ゴーレムに一撃を入れる。そのあとに、魔法の試験だ。
剣の試験は、魔法を剣にまとわせるのも許されているそうだ。僕は魔法をまとわせる方法なんて知らないので、ゴルドじいちゃんにもらった木剣で、普通にがんばろう。
試験官が、次々と組み合わせを読み上げていく。
そして、僕の名前が呼ばれた。
「第一組!ヴィクトル・ベルンハイム!および、ティオ!」
「最悪だ……」
隣で、ダンが絶望したように頭を抱えて机に突っ伏した。




