第4話 筆記試験は読み書き計算
「えっ、ワイバーンですか。はい、ベネットさんの商隊を襲っていたので、石で追い払いました」
僕が素直に答えると、マイラさんは手元の羊皮紙の束と僕の顔を交互に見て、深くため息をついた。
「……護衛のリックさんから報告が来ています。Bランク魔物の単独討伐。ギルドの規定により、討伐報奨金が支払われます」
マイラさんがカウンターの上に置いたのは、ジャラジャラと重たい音を立てる革袋だった。中には銀貨が何十枚も入っている。
「こんなに?でも、僕がぶつかって、お店のテーブルを壊してしまいましたし」
僕が振り返ると、気絶したザックさんがギルドの人たちに引きずられて外へ出されるところだった。
「あちらは新人狩りで有名なザックの自業自得ですので、弁償は不要です。ギルド長もそう判断しました」
「よかったぁ……」
僕は本気でほっと胸をなでおろした。これなら、学院の受験料を払ってもまだお釣りがくる。
ワイバーンの素材の買い取り代金は、ベネットさんの商会での査定が終わってから後日ギルドに届くらしい。当面のお金と、今夜泊まる宿を確保することができた僕は、マイラさんに何度もお礼を言ってギルドを後にした。
◇◇◇
翌朝。
僕は王立リーフェン学院の受験会場にいた。王都の中心にそびえ立つ、巨大な石造りの講堂だ。見渡す限り、同い年くらいの子たちが何百人も座席に並んでいる。みんな綺麗な服を着ていて、少し緊張した顔つきだ。
「おい、お前も平民か?」
隣の席から声をかけられた。
茶色い髪を短く刈り込んだ、少し背の低い男の子だ。
「はい。シルト村から来ました、ティオです」
「俺はダン。王都の商会の三男坊だ。よろしくな」
ダンは人懐っこい笑顔で手を差し出してきた。王都で同い年の友達ができたのは、これが初めてだ。嬉しくなって、僕もしっかりと握手を返す。
「しかし、すごい人数だよな。平民で受かるのは、毎年ほんのひと握りらしいぜ」
「ひと握り、ですか?」
「お前、何も知らないで受けに来たのか!?」
ダンは目を丸くして、呆れたようにため息をついた。
「この学院は三年制で、基本的には貴族が入る場所なんだよ。平民でも実力があれば入れるって建前だけど、実際は筆記も実技も鑑定も、全部そろって貴族より上じゃないとまず受からない。あとは、点数じゃ測れない奴を学院長が直々に拾う『特別枠』ってのがあるらしいけど、ここ何年も使われてないってさ」
「そうなんですか。厳しいんですね」
「俺は家が商会だから、明日の鑑定で商売向きのスキルでも出れば儲けもんってとこだな。お前は何か得意なことあるのか?」
「村では毎朝、薪割りをしてました」
「は?薪割り?お前、それ本気で言ってるのか?」
ダンが大きな声を出したところで、前に立つ試験官がパン、と手を叩いた。
「これより筆記試験を始める。時間は二時間だ」
配られたのは、分厚い羊皮紙の束。僕はオズ先生からもらったガラス製の美しい筆記用具を取り出し、机の上に置いた。
すると、隣のダンが目をむき、身を乗り出して小声で話しかけてきた。
「おい、それ……どこで手に入れた?」
「これですか?村の薬師の先生にもらいました。物置にたくさんあったので」
「物置……」
ダンは絶句し、僕の筆記用具を信じられないという顔で見つめている。王都の商会で育ったダンの目から見ても、それはとんでもなく高価で珍しい品であるらしかった。
「そこ、私語は慎め」
教壇の試験官から鋭い声が飛んできて、僕たちは慌てて前を向いた。
僕は配られたばかりの分厚い羊皮紙の束を開き、問題に向き合う。歴史、地理、算術。オズ先生の授業に比べれば、どれも基本的なことばかりだ。
『神聖暦三百年の大飢饉において、当時の王が取った政策を三つ挙げよ』というような歴史の問題も、オズ先生の長くて脱線だらけの話を思い出せばすぐに答えが出た。
すらすらと解き進め、最後のページをめくると、そこには見慣れない図形と文字が並んでいた。
『以下の古代語で記された魔術文を解読し、その効果を記せ』
周りの席から一斉にため息が漏れ、ペンを走らせる音がぴたりと止んだ。隣のダンも、頭を抱えて天井を仰いでいる。
でも、僕にとっては一番馴染みのある問題だった。
「えっと、これは……」
オズ先生の『読み書き計算』の時間で、毎日やらされていた基礎問題だ。
ただ、少しだけ違和感がある。
『炎の精霊よ、第三の門を開き、赤き槍となって敵を穿て』
という文章のようだけれど、第三の門を開くなら、魔力の流れは右から左にならないとおかしい。この記述のままだと、発動した瞬間に手元で暴発してしまう。
「なんだ、ただの引っ掛け問題か」
僕はほっとしながら、解答欄にすらすらと書き込んだ。
効果の解読に加えて、『ただし、第五節の記述に誤りがあり、このままでは暴発する』と注意書きも添えておく。問題文もよく読みなさいという、オズ先生の言いつけ通りだ。
試験終了の合図とともに、試験官たちが答案を集めて回る。僕の席にやってきたのは、神経質そうな細身の試験官だった。
僕の答案用紙を手に取った瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
「き、君……これは……」
「あっ、すみません。字が汚かったでしょうか。オズ先生にもよく注意されるんです」
「違う!この最後の魔術文だ!なぜ、誤りを指摘できた!?」
試験官の裏返ったような大声に、講堂中の視線が集まる。
「えっ、だって、読み書き計算の基本ですよね?第三の門を開くなら、魔力は右から左に流さないと」
「ば、馬鹿な……この問題は、王宮魔術師の筆頭が十年かけてようやく解読した古代魔術だぞ!?それを、一目で暴発の危険性に気づくなど……」
試験官は青ざめた顔で、僕の顔と答案用紙を何度も見比べた。
「あの、どうかしましたか?怒られるようなことを書いたでしょうか」
「い、いや……なんでもない。君、名前は?」
「シルト村の、ティオです」
試験官は震える手で答案用紙を抱え込み、逃げるように去っていった。周りの受験生たちが、ひそひそと僕を見て何か言っている。
「おいティオ、お前いったい何書いたんだよ!?」
ダンが身を乗り出して聞いてきた。
「普通に、間違いを直しただけですよ。村では毎日やらされてましたし」
「それ、普通じゃねえからな!?」
ダンが両手で頭を抱えていると、さっきの試験官が再び教壇の前に立った。
「明日は鑑定の儀、続いて実技試験を行う。各自、遅れないように。本日はこれで解散とする」
講堂を出ると、夕暮れの王都の風が心地よかった。
「あーあ、筆記はボロボロだ。まあいい、明日の鑑定の儀、お前も覚悟しとけよ」
ダンが僕の肩を軽く叩いた。
「スキル次第で全部決まるからな」




