第3話 王都と冒険者登録
巨大な石造りの城壁をくぐると、そこには見渡す限りの建物と、人の波が広がっていた。
王都リーフェンガルド。
シルト村を出発してから十日、ついに僕は目的地にたどり着いた。
「すごい……村の何十倍、いや、何百倍も人がいる。建物も、みんな石でできてるんだな」
馬車の窓から身を乗り出す僕を見て、向かいの席のベネットさんがハンカチで額の汗を拭いながら苦笑する。
「王都の人口は十万人を超えているからね。道幅も馬車が三台並んで走れるほど広いだろう?」
「十万人!シルト村は八人しかいないのに」
「それに、道が平らで馬車が全然揺れないのにも驚きました」
僕が素直に感心していると、馬車がゆっくりと速度を落とし、大きな建物の前で止まった。入り口には、剣と盾が交差した立派な看板が掲げられている。
「ここが冒険者ギルドの王都本部だ」
ベネットさんは窓の外を指さした。
「学院の受験料や、当面の宿代を稼ぐなら、ここで冒険者として登録するのが一番手っ取り早い。私の商会はこれからこのワイバーンの引き渡しや手続きで忙しくなるから、君は先にここで登録を済ませておいで」
荷台に積まれたワイバーンは、王都の門を通る時も衛兵さんたちを大騒ぎさせていた。ベネットさんが「うちの商会で雇った冒険者が仕留めた」とうまく説明してくれたおかげで何とか通れたけれど、手続きにはまだまだ時間がかかるらしい。
護衛のリックさんは、門の手前で目を覚ますなり「ギルドに報告してくる!」と叫んで、一足先に馬車を飛び降りていった。冒険者は、魔物と出会ったら必ずギルドに知らせる決まりなのだそうだ。
ベネットさんは、僕のほうに向き直って続けた。
「恩人である君から、王都まで乗せた代金を取るわけにはいかないからね。ワイバーンの査定が終わったら、また使いの者をギルドにやろう。それまでは、王都の空気を楽しんでおいで」
「何から何まで、本当にありがとうございます。ベネットさん」
僕は深く頭を下げ、ブロムおじさんが作ってくれた頑丈な革鞄を持って、馬車を降りた。
ギルドの重い木の扉を押し開けると、むわっとした熱気と、肉を焼く香ばしい匂いが鼻を突いた。中は酒場も兼ねているらしく、昼間からたくさんの人がジョッキを片手に騒いでいる。
革の鎧を着た人、杖を持った人、大きな剣を背負った人。外の人はみんな弱いと母さんは言っていたけれど、ここには強そうな人がたくさんいる。
僕は少しだけ安心して、一番奥にある受付のカウンターへ向かった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
声をかけてくれたのは、赤い髪を後ろで束ねた、優しそうな受付のお姉さんだった。胸元にはマイラ、という名札がついている。
「冒険者の登録をお願いしたいんです。あと、学院の試験を受けるまでの宿も探していて」
「新規のご登録ですね。かしこまりました。では、こちらの魔道具に手をかざしてください」
言われた通りに、カウンターの上に置かれた水晶のような石に手を触れる。ぼんやりと光が灯り、すぐに一枚の金属のカードが出てきた。
【ギルドカード】
名前:ティオ
所属:なし
ランク:F
「今日からティオ様は、Fランクの冒険者となります」
マイラさんはにっこりと微笑んだ。
「冒険者ランクはFから始まり、実績を積んで試験に合格すれば、E、Dと上がっていき、最高はSランクまであります。Fランクのうちは、薬草の採取や、王都内の清掃、荷物運びなど、比較的安全な依頼を受けていただきます」
「清掃ですね、わかりました。村では毎朝、家畜の小屋の掃除をしていたので得意です」
僕が胸を張って答えると、マイラさんは不思議そうな顔をした。
「えっと……普通は、もっと魔物討伐とかをやりたがる方が多いんですが。ティオ様はとても真面目なんですね」
マイラさんがギルドの規則について丁寧に説明してくれている途中で、背後から大きな声が響いた。
「おいおい、また乳臭いガキが冒険者ごっこかよ」
振り返ると、顔に傷のある大柄な男の人が立っていた。分厚い鉄の鎧を着て、腰には太い剣を下げている。周りの人たちは彼を見て、コソコソと道を空けていた。
「Cランクのザックだ」「また新人狩りかよ。平民のガキ相手に、悪趣味な奴だぜ」
遠くからそんなひそひそ話が聞こえてきた。
ザックさんというのか。Cランクということは、僕よりもずっと先輩だ。
「こんにちは、ザックさん。今日からお世話になります、シルト村のティオです」
僕は丁寧に挨拶をして、深くお辞儀をした。村では、年上の人にはきちんと挨拶をするようにと、オズ先生から教わっているからだ。
「あァ?田舎者が舐めた口利いてんじゃねえぞ!」
なぜかザックさんは顔を真っ赤にして怒り出し、僕の足元にあった鞄を思いきり蹴り飛ばした。
ゴスッ、という鈍い音が響く。
「痛ぇぇぇぇっ!?」
ザックさんは抱え込むように自分の足を押さえ、その場にうずくまった。
ブロムおじさんが特別に金属の板で補強してくれた鞄だ。見た目以上にずっしりと重いので、無防備に蹴ったりしたら怪我をしてしまう。
「大丈夫ですか、ザックさん!すみません、その鞄すごく重くて」
「てめぇ……わざとやりやがったな!」
ザックさんは涙目で立ち上がると、ものすごい剣幕で僕の胸ぐらを掴み上げてきた。
体がふわりと宙に浮く。
「こんなヒョロヒョロのチビが、ギルドに何の用だァ?ここは遊び場じゃねえぞ!」
大声で怒鳴られ、唾が飛んでくる。
どうしよう。挨拶をしただけなのに、すっかり怒らせてしまった。早く離してもらって、謝らないと。
僕はザックさんの腕をほどこうとして、ふと母さんとの約束を思い出した。
『外の人はもっと弱いの。だから約束。外では、力は百分の一で』
そうだ、百分の一だ。
でも、百分の一の力で腕を払ったら、ザックさんの腕が折れてしまうかもしれない。なら、百分の一よりもっと弱く。千分の一、いや、もっとだ。
僕は右手の人差し指を親指に引っかけ、ザックさんの額に向かって、指を弾くように軽く当てた。
村の子供の遊び、デコピンだ。これなら、絶対に誰も怪我をしない。
パチンッ!
乾いた音がギルド中に響き渡った。
「がはッ!?」
次の瞬間、ザックさんの大柄な体が、凄まじい勢いで後ろへ吹き飛んだ。酒場のテーブルをいくつもなぎ倒し、分厚い木の柱に激突して、ようやく止まる。
ドガァァァン!という轟音とともに、天井からパラパラと埃が落ちてきた。
ザックさんは白目を剥いて、壊れたテーブルの残骸の中でピクピクと痙攣している。
ギルドの中が、水を打ったように静まり返った。
ジョッキを持ったまま固まる人、口をポカンと開けて立ち尽くす人。誰もが一言も発さず、目を丸くして僕とザックさんを交互に見ている。
「おい、ザックの野郎が一撃で……」
「あいつ、Cランクだぞ。それを、あんな細腕のガキが」
ざわざわと、静かな動揺が広がっていく。
しまった。
手加減しすぎたせいでバランスを崩したザックさんを、勢いよく転ばせてしまったみたいだ。
僕は慌ててカウンターのマイラさんに頭を下げた。
「すみません!僕がぶつかったせいで、お店の備品を壊してしまって……すぐに弁償します!」
村の家なら、ブロムおじさんに手伝ってもらって半日もあれば直せるけれど、王都の家具はいくらするんだろう。ベネットさんに、王都までただで乗せてもらったばかりなのに、これじゃ受験料が足りなくなってしまうかもしれない。
僕は冷や汗をかきながら、革鞄の中からなけなしの小銭を取り出そうとした。
「あ、あの……」
マイラさんが、震える声で僕を呼んだ。顔は真っ青で、手には一枚の羊皮紙の束を握りしめている。
「どうかしましたか?やっぱり、弁償はすごく高いですか?」
僕が不安になって尋ねると、マイラさんは身を乗り出して、信じられないような顔で僕を見た。
「街道のワイバーン討伐の報告、あなたですね?」




