第16話 噂の新入生
【お知らせ】第16話より、読みやすさを考えて段落の組み方を見直しました。第1〜15話も順次同じ形に差し替えますが、内容の変更はありません。
「おい、ティオ。大丈夫か。顔色が悪いぞ」
ダンに声をかけられ、僕はハッと我に返った。鼻をかすめた嫌な匂いは、もうすっかり消えている。
「なんでもないです。ちょっと、焦げた匂いがした気がして」
「そりゃ、さっきの雷で、そこらの落ち葉が焦げたんじゃねえか?」
ダンが不思議そうに首をひねる。
エルナさんが、落ち葉の上に横たわる魔獣を見下ろして言った。
「この紋章、ギルドに報告した方がいいわね。誰かが意図的に魔獣を操ろうとしたのかもしれないもの」
エルナさんの提案で、僕たちは魔獣の額から紋章の刻まれた皮を剥ぎ取り、討伐の証拠として持ち帰ることにした。魔獣の素材は高値で売れるらしいけれど、二階建ての家ほどもある巨体を三人で運ぶのはとても無理だ。
「村だったら、みんなで担いで帰って、お肉は塩漬けにするんですけどね」
「お前の村はどうなってるんだよ。こんなの、王都の騎士団が馬車を何台も連ねてやっと運べる大きさだぞ」
ダンのツッコミを受けながら、ギルドから解体専門の人たちを呼ぶことにして、僕たちは王都への帰路についた。
王都に戻った僕たちは、真っ直ぐに冒険者ギルド王都本部へ向かった。剣と盾が交差した看板をくぐり、賑やかな一階の酒場を抜けて受付へ向かう。
赤い髪を後ろで束ねたマイラさんが、いつものように笑顔で迎えてくれた。
「ティオ様、おかえりなさいませ。森の調査依頼ですね。何か異常はありましたか?」
「はい。奥に大きな魔獣がいて、倒してきました。額にこんなものがついていたんですけど」
僕が麻袋から灰色の紋章が刻まれた皮を取り出すと、マイラさんの笑顔が凍りついた。その手から、羽ペンがぽろりと床に落ちる。
「……こ、この赤茶色の剛毛……まさか、東の森の主ではありませんか!?Aランクの魔獣ですよ!?」
マイラさんの悲鳴のような声に、ギルド中が水を打ったように静まり返る。酒場でジョッキを傾けていた冒険者たちが、一斉にこちらを振り向いた。
奥から慌ててギルドの職員たちが出てきて、僕たちは応接用の別室へ通される。詳しい説明を求められ、エルナさんとダンが森での出来事を報告する。
僕は木剣で少し叩いて森の木を割ってしまったことを怒られるかと思って、ずっと縮こまっていた。
けれど、立派な髭を蓄えたドノバンというギルド長が出てきて、僕たちの功績を大いに褒めてくれたのだ。
「Aランク魔獣の討伐など、本来なら高位冒険者のパーティが何日もかけて行う偉業だ。君たち三人の働きに報い、ランクの特例昇格を認めよう」
そうして、僕の手元に新しいギルドカードが発行された。
【ギルドカード】
名前:ティオ
所属:王立リーフェン学院
ランク:C
「Cランクって、すごく高くないですか?」
僕が首を傾げると、マイラさんが興奮したように頷く。
「もちろんです!本来なら、何年も依頼をこなしてやっと到達できる上位ランクですよ」
「でも、僕はちょっと牛追いの真似をして木を割っただけですし」
「その一撃でAランク魔獣を倒したからすげえって言ってんだろ!」
ダンが頭を抱えてツッコミを入れた。
「お前といると、俺たちの感覚まで狂いそうだぜ……。まあ、俺と王女殿下も、この場で討伐の功績つきで登録してもらえたから、文句はないけどな」
ギルドで報奨金を受け取り、僕たちはほくほく顔で学院への帰路につく。
それから数日後。
僕たちの学院での日常は、少しだけ騒がしくなっていた。放課後、僕とダンが廊下を歩いている時のことだ。
「ティオ殿!」
不意に背後から大声が響き、プラチナブロンドを撫でつけた髪のヴィクトルさんが現れた。
取り巻きたちの姿はなく、一人きりだ。決闘のあの日から、ヴィクトルさんは僕を見つけるたびに、こうして声をかけてくるようになった。
「ヴィクトルさん、こんにちは。今日もいいお天気ですね」
僕がお辞儀をすると、ヴィクトルさんは慌ててそれ以上に深く頭を下げた。
「ティオ殿からご挨拶いただけるなど、恐悦至極!おや、その鞄、少し重そうですね。私が持ちましょう!」
「えっ、いえ、教科書が入っているだけですから、自分で持てますよ」
「遠慮なさらず!このヴィクトル、ティオ殿のお役に立てるなら本望です!」
ヴィクトルさんが強引に僕の鞄を奪い取り、うやうやしく胸に抱え込む。さらに、どこから出したのか、真っ白なハンカチで僕の肩の埃を払い始めた。
「ヴィクトルさん、そんなことまでしなくて大丈夫ですよ」
「なんのこれしき!侯爵家の名にかけて、ティオ殿を煩わせることなどあり得ません!」
侯爵家の跡取りに鞄持ちや世話係をさせるなんて、絶対に怒られるに違いない。
僕がオロオロしていると、隣を歩いていたダンが呆れたようにため息をついた。
「お前、完全に舎弟になってるじゃねえか……」
「黙れ平民!私はティオ殿の偉大さに打たれ、自ら付き従っているのだ!」
ヴィクトルさんがダンを鋭く睨みつけ、それから再び僕に向かって熱っぽい視線を向ける。
「聞きましたよ、ティオ殿!森でAランク魔獣を一喝してひれ伏させ、木剣の一振りで森ごと両断したとか!さすがは私が認めた男です。この偉業、号外を作って学院中に配りましょうか!」
「配らなくていいです。また物を壊したって怒られますから」
「はっはっは!ティオ殿は冗談がお上手だ!」
ヴィクトルさんは全く僕の話を聞いてくれない。どうやら、決闘で僕が少し手加減して勝ったことを、ものすごく大げさに受け取ってしまっているようだ。
僕が困り果てていると、廊下の向こうからエルナさんが歩いてきた。
「こんにちは、ティオくん、ダン」
エルナさんが僕たちに声をかけ、それから鞄を抱えたヴィクトルさんを見て眉をひそめた。
「……ヴィクトル。あなた、侯爵家の嫡男がなんて格好をしているの」
「おお、エルナ殿下。私は今、ティオ殿の偉大なる右腕として修行中なのです。いずれティオ殿が世界を束ねる暁には、私がその脇を固める所存!」
「世界を束ねるって、なんの話ですか」
僕が首を傾げると、エルナさんが深くため息をつき、こめかみを押さえた。
「……決闘で負けて、少しはおとなしくなるかと思えば、前より面倒なことになっているわね」
「ティオ殿の信奉者となることに、身分など関係ありませんからな!」
ヴィクトルさんは胸を張り、とても誇らしげだ。悪い人ではないのだけれど、王都の人は本当に反応が大きくて、時々どう接していいかわからなくなる。
「放課後の廊下で騒がしいな、お前ら」
野太い声がして、僕たちは一斉に振り返った。
傷だらけの革鎧を着た、ピュータン先生だ。相変わらず熊のように大きな体で、鋭い眼光をこちらに向けている。
「ピュータン先生。こんにちは」
僕が丁寧に挨拶をすると、先生は小さく顎を引いて頷いた。
「ああ。ちょうどよかった、探してたんだ」
ピュータン先生は、少しだけ声を落として言った。
「坊主。それと、そっちの二人もだ。ちょっと面貸せ。森の件で話がある」
「森の件、ですか」
「ああ。ギルドから報告が回ってきた。お前らが持ち帰ったっていう、あの紋章の件だ」
先生の顔は、いつになく険しいものだった。




