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第14話 三人で森へ

「森の調査、ですか」


僕が丸められた羊皮紙を受け取ると、ピュータン先生は深く頷いた。


「ああ。王都近郊の東の森で、妙な気配がするらしい。ギルドから学院に、腕の立つ生徒を派遣してほしいと依頼が来たんだ」


「でも、僕はギルドでは一番下のFランクですけど、受けてもいいんでしょうか」


「これは学院経由の指名依頼だ。ランクは関係ない」


先生の言葉に、そばで聞いていたダンが慌てて割って入ってきた。


「ちょっと待ってください!ティオと俺はともかく、王女殿下まで冒険者の真似事をするんですか!?」


「私もこの学院の生徒よ。特別扱いはいらない」


エルナさんが毅然と言い放つ。


「それに、実技で満点を取ったティオくんと一緒なら、これほど心強いことはないもの」


「はあ……俺の胃が保つか心配になってきた」


ダンが空を仰いで、深くため息をついた。


こうして、僕たち三人は王都近郊の森へ向かうことになった。


王都の門を抜け、整備された街道を歩いて数時間。


昼下がりには、目当ての森の入り口に到着した。


高くそびえる木々が陽の光を遮り、森の中はひんやりと薄暗い。


足元には落ち葉が厚く積もり、踏みしめるたびに乾いた音が鳴る。


僕たちは横に並んで、慎重に森の奥へと足を踏み入れた。


「王都に来てから、外に出るのは初めてです。少しわくわくしますね」


僕が周りの木々を見上げながら言うと、ダンが呆れたように肩をすくめた。


「お前は物見遊山かよ。依頼ってことは、魔物と戦うかもしれないんだぞ」


「でも、ダンとエルナさんが一緒なら安心です」


僕が素直に言うと、エルナさんが少しだけ誇らしげに微笑んだ。


しばらく歩いて、僕は周囲の空気に違和感を覚える。


村でシェラ姉と狩りに出た時のことを思い出した。


『……気配には、敏感に』


出発の朝、僕に干し肉を渡してくれた時の言葉だ。


シェラ姉はいつも、森に入るなり風の匂いや木の葉の揺れから、山ひとつ向こうの獲物の位置まで正確に言い当てていた。


僕はその教えを真似て、静かに感覚を研ぎ澄ませる。


ふと、道の脇の太い木の幹に目が留まった。


何かが体をこすりつけたような跡が残っている。


分厚い樹皮がごっそりと剥がれ落ち、下地の木肌には深い溝が幾つも刻まれていた。


気になって近づいてみると、その跡は、僕の頭よりもずっと高いところにまで達している。


「熊か?」


道の脇を覗き込む僕を見て、ダンが用心深く周囲を窺う。


「いえ、村の裏山の猪が、牙を研いだ跡に似ています。でも、こんなに高いところにあるのは初めて見ました」


僕は木肌の傷跡を指でなぞってみた。


「村の猪より、少し大きいのかもしれませんね」


僕がのんきに言うと、エルナさんはその跡の高さをじっと見上げ、黙って細身の剣の柄に手を添える。


「少しって、お前……」


ダンが顔を引きつらせて後ずさった。


「変ですね」


僕がさらに周囲の気配を探ってみると、ダンも緊張した面持ちになる。


「どうしたんだ、ティオ」


「動物が、全然いません。鳥の声も虫の音も聞こえないんです」


僕が言うと、エルナさんが周囲を見回して眉をひそめた。


「言われてみれば、静かすぎるわね」


「それに……」


僕は森の奥へ視線を向けた。


「奥の方から、小さな気配がたくさん、こっちに向かって逃げてきています」


「逃げてきている?魔物が、何かから逃げてるってことか?」


ダンが額に汗を浮かべる。


「おそらく、何か大きな危険が迫っているんだと思います」


僕が答えた直後、前方の草むらがガサリと大きく揺れた。


低い唸り声とともに、黒い毛皮に覆われた狼型の魔物が三頭、姿を現す。


鋭い牙から涎を垂らし、血走った目でこちらを睨んでいた。


「ブラックウルフだ!こいつらも、何かから逃げてきたのか!?」


ダンが叫び、腰の短い剣を引き抜く。


僕も腰からゴルドじいちゃんの木剣を抜こうとした、その時だった。


「ティオくん、ここは私に任せて」


エルナさんが一歩前に出て、細身の剣を鞘から抜いた。


「紫電よ、貫け!」


凛とした声で詠唱すると、剣の先から青白い雷光が放たれた。


稲妻の形に空気を切り裂いた雷が、先頭の一頭に直撃する。


魔物は悲鳴を上げる間もなく、黒焦げになって地面に倒れ伏した。


その正確で素早い魔法に、僕は思わず目を見張る。


「すごいです、エルナさん!」


しかし、残りの二頭が左右に分かれ、エルナさんの死角から同時に飛びかかってきた。


「危ない!」


僕が踏み込もうとした瞬間、横からダンが小さな袋を勢いよく投げつけた。


パンッ、と乾いた破裂音がして、強烈な閃光と白い煙が辺りに広がる。


「ギャンッ!」


目を眩まされた魔物が、空中で体勢を崩して地面に転がる。


ダンの実家であるコルト商会で、護衛用に使われている目眩ましの道具らしい。


「今です、王女殿下!」


「助かるわ!」


エルナさんが身を翻し、流れるような美しい剣さばきで二頭を的確に仕留める。


あっという間に、三頭の魔物は動かなくなった。


「二人とも、息がぴったりでしたね。すごいです」


僕が称賛すると、ダンは得意げに鼻の下を擦った。


「へへっ。伊達に商会の息子をやってないぜ。商人はいつだって護身用の道具を持ち歩いてるんだ」


「ダンのおかげで助かった。ありがとう」


エルナさんも微笑んで、細身の剣を鞘に収める。


二人とも頼もしいなと感心していると、足元の地面がかすかに揺れた。


ズン、ズン、という重い音が、森の奥から一定の周期で響いてくる。


「えっ、地震か?」


ダンが青ざめて周囲を見回す。


僕は目を細め、森の奥の暗がりを凝視した。


「逃げてきていた小さな気配が、一斉に散りました。何か、すごく大きなものが来ます」


僕が警告した次の瞬間。


メキメキと太い木々がへし折られる不気味な音が、森の中に響き渡る。


何かが、立ち並ぶ木々を強引になぎ倒しながら、こちらへ向かって一直線に進んできている。


「な、なんだよあれ……」


ダンの声が震えていた。


鬱蒼とした木々の隙間から姿を現したのは、途方もない巨体だった。


全身を硬そうな赤茶色の剛毛で覆われ、太く反り返った牙を持つ猪型の魔獣だ。


村の裏山で見かける普通の猪とは比べ物にならない。


二階建ての家が、そのまま動き出したかのような大きさだった。


赤黒く濁った巨大な眼球が、僕たち三人をぎょろりと見下ろす。


鼻から噴き出される荒い息が、熱を帯びた突風のように吹き付けた。

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