第9話 女王サマの特別ゲーム 後編(8日目)
思ってた通りだ。
ゲーム会場に近づくに連れ、周囲の雰囲気に剣呑さが増していく。
別に粗暴な振る舞いをする輩が増えているわけではない。
笑顔が減っているのだ。
たったそれだけの事なのに、こんなにも変わるモンなんだな。
諍いは起きていないようだ。
緊張感は感じられるが、そのあたりは上から厳命されているのか。
であれば、危険度は少し後退する。
「あれ?シド……おじちゃん……?」
ふと、リンちゃんが声を上げた。
シド……?
あの、酒場のシドの事か?
「リンちゃん、シドさんがいたの?」
ロッテが尋ねると、コクコクと頷く。
「なんかね、スゴ〜ク困った顔して、キョロキョロしながら走ってった」
ロッテと顔を見合わせた。
あのシドが困った顔を……?
これっぽっちも想像できん。
ロッテがリンちゃんに目線を合わせた。
「リンちゃん、それはシドさんじゃありません。
いいですか、あのヒトの顔の筋肉は動きません。困った顔はもちろん、笑った顔もしないんですよ」
笑顔のロッテがリンちゃんを諭すように、結構ヒドイ事を言ってる気がするが、あながち間違ってはいない。
私もあの強面の困った顔なんて見た事がない。
そういえば、声も聞いた事ないな。
「え〜?わたしとは笑ってお話してくれるよ」
「え?!」「なに?!」
私とロッテは、また顔を見合わせた。
笑ったところも、声すら聞いた事ないのに、リンちゃんとは笑って話をしてる?
ロッテも驚いている。
「ホ、ホントですか?あのヒゲの仏頂面が……笑ってお話しを?」
「ホントだよ、ものスゴク優し―――あ、シドおじちゃんだ!」
指差された方向を見る。
お、大男だ。身体つきは確かにシドだ。
だが――なんだあの妙チクリンなお面は?
確かに顔はお面でワカラン。
だが、そこからはみ出ているあのヒゲは確かにシドっぽい。
おお〜、スッゴク慌てて走ってる……
剣呑な空気がまっぷたつに割れていくぞ……
なんか……イイもの見たな……
ロッテは……うん、唖然としている。
「……副団長……」
「……うん、なにかな」
「今……身体だけシドさんの怪生物が―――」
「……いや、アレはシドだろ……」
「確かに顔以外はシドさんでしたが……アレでは変装になってませんよ」
「お肉屋さんよりはイイんじゃないか。少なくとも顔は隠れてる」
「私……テーゼのヒトたちがわからなくなってきました……」
「ようやくかね、私はずっと前からだよ」
私たちの会話に、リンちゃんはキョトンとしている。
君はまだわからなくていいんだよ。
オトナには”しがらみ”っていうのがあってね、そこからハズレたヒトたちがヘンに見えてしまうんだ。
「リンちゃん、ごめんね、シドさんいました。
顔は見えませんでしたが、身体だけは慌ててました」
「ホラ〜、いたでしょ〜。たぶんエヴァお姉さんもいるよ。ホサが、ふたりも旅行でココ来るって言ってた」
「シド――らしき生物が走ってたのは会場方面だけど、アイツら見物か?いや、部外者が入れるワケないな」
「シドさん出てたりして、ハハハハ」
「ハハハ、さすがにそれはないだろう。アルベルト様と鉢合わせして―――ん……?」
私は、はたと止まってしまった。
「どうしてんですか、副団長?」
「いやな……、あのお面はアルベルト様と鉢合わせした時に顔を隠すため……とか」
ロッテもリンちゃんも一瞬真顔になった。
だが、ホントに一瞬だった。
「副団長、やですよ〜、そんなハズないじゃないですか〜、どう見てもバレバレですよ〜」
「アレクおじさん、ホサがわからないワケないよ〜、もう〜」
ふたりに大笑いされてしまった。
そうだよな、アレで正体バレないと思う方がどうかしてる。
笑いながら会場方面に歩っていった。
❖ ❖
会場前に着いた。
大きな建物だ。
ロープが張られ、入口には警備係と思しき男が何人も立ってる。
囲むように結構な人数がたむろっているが、たぶんみんなギャンブラーなんだろうな。
(なんだアイツら)(家族連れか?)(行く場所間違ったんじゃねえか?)
多少周囲の目が気にはなるが、ロッテの危険察知は無反応だ。
リンちゃんと一緒にロープ間際まで行って、建物を指差し、なにか喋っている。
場違い感溢れる御一行サマだが、それを見咎める輩もいな―――くはなかった。
ロッテが私の方をギッと睨む。
危機感知反応!
同時に声をかけてきた男たちがいた。
「オトーサン、ちょっとイイかな」
数は3人。イヤらしい笑いをしながら寄ってきた。
所作振る舞いは隙だらけだ。
ロッテに小さく手を振ると、彼女も小さく頷き、またリンちゃんと戯れ始めた。
「いったいなんでしょうか?」
下卑た顔がニヤけて私に囁いた。
「ウン、あそこにいるの、お嬢さんかな?
ちょっと離れようか。その方がさ、ホラ、精神衛生上っていうの?お互いにイイと思うんだ」
そう言いながら、私を通りの向こうまで連れて行く。
前に1人、左右に1人ずつか。
「ウン、ここならさ、お嬢さんたちにオトーサンもカッコ悪いトコ見せないで済むでしょ。
俺らもね、大声出すとかしたくないのよ」
「どういう意味ですか、それは」
「あの建物でさあ、今ギャンブルヤッてんの知ってる?ああ、知らないかもね。
いやね、さっき東のヒトと南のヒトがゲームやっててね、俺ら東に賭けてたんだよ。
そしたらさぁ、なんと南が勝っちゃってね、俺ら大損こいちゃったんだ」
……南が勝った?
つまりアルベルト様が……
「もうスッカラカンなんだよ、今日の晩飯にも事欠くアリ様でさぁ。
そんでオトーサンにカンパしてもらえないかなぁって思ってね、声掛けたんだよ」
また顔を近づけてきた。
なんでこういう連中は臭そうな顔をしているのか。全く、顔ぐらい洗わんか。
「俺らもさ、こういうトコって子供には見せたくないんだわ。だから静か〜に話してる。わかってもらえるよね」
そうか……
南が勝ったか……
「……なるほど、よくわかった」
私は笑みを浮かべた。
正面の男は、私の態度に少したじろいだ。
懐に素早く手を入れる。
コイツラの目ではとても追えないだろう。
右手にはロッテから借りたプッシュナイフ。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!
それを左右の男たちに2回3回と、撫でるように振り抜く。
上着、ベルト、ズボンをスパッと切り裂いた。
警告代わりに、薄皮一枚だけ切っておく。
ズリ落ちたズボンと、左右斜めに切り裂かれた上着に凍りつく男たちを横目に、素早く正面の男の背後に回り込む。
喉元を角指を付けた左手で軽く抑え、小さな声で囁いた。
「確かに仰る通りだ、子供には見せられん。
だから私も静かに話している。
もし騒いだら―――」
首を軽く掴むと、ヒイッという呻きを上げ、コクコクと頷いてくれた。
あまり首を振るとアブナイんだがな。
「そちらの君たちも、ご理解いただけたかな?」
ズボンをズリ上げながら、コチラも頷いてくれた。
「それでは、その南が勝ったゲームを詳しく教えてもらおうかな」
ニッコリ笑って、お話を聞かせてもらった。
❖ ❖
「アレクおじさん、アッチで知らないオジサンたちとなにしてたの?」
ふたりのところに戻ると、リンちゃんが尋ねてきた。
男たちは―――ウン、逃げたな。
「ああ、アルベルト様のゲームのお話を知ってるって言うんで、教えてもらってたんだ」
「ホサのゲーム?!どうなったの?教えて!」
リンちゃんが食いついてきた。
さもありなんだ。
キラキラした目がとても愛らしいよ。
「ちゃんと勝ったって言ってたよ。
決勝戦に出るんだってさ」
そう言うと、リンちゃんがホントにうれしそうに笑った。
ロッテと抱き合って喜んでいる。
尊い光景だ。
「詳しいお話は歩きながら教えてあげよう。
それじゃ行こうか」
「うん!」
そう元気に答え、もう一度建物に向かい、
「ホサ〜〜!ガンバレ〜〜!!」
と大声で声援を送った。
ふうっと息をつくと、角指のない私の左手を取り、右手をロッテの手に繋いで、そのまま宿舎への道を歩き始めた。




