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第7話 素描画公開日の昼下がり(7日目)

 素描画特別公開の会場から戻ったアルベルト様から、午後の予定はキャンセルすると伝えられた。


 皆さんでゆっくり静かに過ごしたいそうだ。


 子細は聞かない。

 家族水入らずで過ごしたい。

 それに理由など要らない。


「了解しました」


 一礼して辞去し、護衛控室に戻った。


 ルナとロッテが心配そうな表情で待ち受けていた。


 彼女たちの話では、会場でお知り合いが倒れられ、急ぎご自宅まで同道されたらしい。

 なるほど、先代領主様の頃から恩義のあるお方か。

 であればご心配なさるのも当然だ。


「いろいろと思うところもあるのだろう。

 午後は家族水入らずで過ごしたいそうだ。

 よって、午後の任務はキャンセルとなった」


 ふたりとも納得げに頷く。


 とはいえ、昨日に引き続きの休みか。

 休養は十分に取れたし、どうするかな。


 テーブルの上の案内図に目をやる。

 なにかイイところは……と。


 ん?


 騎士団訓練場が開放されている?


 コレはいい!


 スリのバカどもは準備運動にもならなかったし、ここに来てからは、護衛の空き時間の素振り程度しかできなかったのだ。

 久しぶりに思いっきり剣を打ち込める!


 いそいそと剣を手にする私を見て、ふたりが声を掛けてきた。


「副団長、どちらかに行かれるんですか?」

「なんか、楽しそう……」


 案内図を指差し、ホクホク顔で答えた。


「騎士団訓練場が開放されてるんだ。ホラ、ここ。

 しばらくマトモに打ち込みしていないからな、久しぶりに思いっきり剣を振ってこようと思って」


 おや、ふたりが見つめ合ってる。

 どうしたんだ?


 次の瞬間、ふたりが食いつかんばかりのイキオイで掴みかかってきた。


「行きます!私たちも連れてって下さい!!」


 え?行きたいの?

 そんなに稽古熱心だった?君たち。


 ルナが、ガチャガチャとガントレットを持ち出してきた。


「も〜う、そういう事は早く言って下さいよ〜。

 ここに来てから誰も殴ってないんですよ〜。手刀も寸止めだったし、レモン潰しただけだし。あ〜、今日は思いっきりヤレるわ〜」


 ロッテは、『宵針』やら投げナイフやらをズラリと並べて、ホルダーに仕込み始めてる。


「私も、ナイフちょっと振っただけですぅ〜。

 針は身体捩って出しただけだし、もう身体が鈍っちゃって。今日は投擲を徹底的にやります!」


 ハハハ、君たちもタマッてたんだね。

 その気持ち、ほんっっっっとにわかるぞ〜。


「よし、それじゃ行こうか」

「はいっ!!」



        ❖   ❖



 訓練場はさほど遠くないところにあった。

 いろいろな制服の人がいる。

 打ち込み人形に巻き藁、投擲用の的もあるな。

 これならいい稽古になる。


「『流刃』殿もいらしていたのですか」


 声を掛けられ振り向くと、開会式の時の副隊長サンが笑顔で立っていた。


「ああ、先日は失礼を致しました。

 えっと……」

「いやいや、あの時、名乗りは無用と仰って下さった。ご温情に甘えさせていただきたく、『副隊長』とでもお呼び下さい」

「はい、それであればそのように。

 副隊長殿、今日は訓練ですか」

「はい、左様で。1日の鍛錬を怠ると、取り戻すのに10日かかるというのは、ある意味真理ですからな。

 ―――それと」


 副隊長サンが手招きをすると、あの時の騎士が走ってきた。

 私とルナの前に立つやいなや、謝罪の礼を示す。


「あの時は、誠に申し訳ありませんでした!」


 いやいや、こちらが恐縮してしまうほどの勢いだ。


「お、お顔をお上げ下さい。もう済んだことではありませんか」


 騎士が顔を上げた。

 濁りのない顔だ。

 反省はホンモノなのだろう。


「コヤツは『流刃』殿の予言の通り、酔いが覚めて己が愚行に赤面しましてな。給仕の女性に丁寧に詫びを入れておりました。

 あの時は少々舞い上がっておりましたが、性根は曲がっておりません。どうかご容赦を」


「はい、その濁りなきお顔を拝見すればわかります。もう済んだ事ですのでお気になさらず」


 副隊長サンがルナとロッテを、交互に見つめた。


「あの時は気づきませんでしたが……、なるほど、お持ちの武器から見て、先日のお嬢さんが『剛拳』、そちらのお嬢さんは『暗器姫』……ですか」


 おお!


 いつの間にか集まっていた同じ制服の群れがどよめいた。

 君たちの二つ名ってそんなに知れ渡ってるのか?


「これはいい機会だ。ぜひとも皆さま方の技を拝見させていただきたい。お願いできませんでしょうか」


「はあ、彼女たちさえよければ……」


 多少戸惑いながらふたりを見ると、ルナは鼻息荒くしてウォーミングアップしてるし、ロッテはニマニマしながら投擲武器フォルダーを広げている。


 やる気マンマンじゃないか、ふたりとも。


「ハハ……、ふたりとも了解のようです。

 では披露させていただこうか。

 じゃあ、まずルナからいいかな?」


「はいっ!」


 ブンブンと唸りを上げて、拳が突き上げられた。


「ん?裸拳か?」

「はい、まずは感覚を取り戻したいんで」


 甲冑を着けた打ち込み人形の前に立つ。


「打ち込みの方……?」

「……巻き藁じゃないのか?」


 ざわめきが聞こえる。

 しかし、ルナはいつもそうだ。

 裸拳の時は必ず人形に行く。


 スゥ〜ッと深呼吸をする。


 グッと腰を下ろした。


 来る!!


 ガガガンッ!!!


 凄まじい勢いで繰り出された裸拳は、とても目で追えない。


 残ったのは、顔、両胸、鳩尾が歪に拉げた甲冑人形だった。


『下がり4段突き』


 瞬時に上から4ヵ所の急所を左右の拳で突く。

 ルナは勝手にそう呼んでいるらしい。


 みんな唖然としているな。

 あの破壊力の前には、甲冑などカーテンにすらならない。


 ルナ曰く、人形でないと、ヒトの急所を突く訓練にならんらしい。


 誰も声を上げられない空気の中、隣の人形に移った。


 今度は足技か。


 さっきと同じように、グッと腰を下ろした。


 刹那の時


 ガガガンッ!!!


 みんな見えたのだろうか。


 顔面、胸、鳩尾。

 三つの急所を、蹴りの軌跡だけで貫いた。

 最後に残った右足が、鳩尾へ深々と突き刺さっている。


 ガラガラ〜ン……


 あ、人形の芯棒が、折れた。


「きゃあ、ゴメンなさい、壊しちゃいました」


 いや、ルナ……。

 みんなが気にしてるのはソコじゃないぞ……。

 

 心なしか、皆さん意気消沈しているように見えるが、ホラ、ロッテがもう準備終わってますよ。


「皆さ〜ん、どうぞこちらに〜」


 笑顔でみんなを誘うが、なぜか誰もが処刑場に連れ出される罪人みたいな顔をしてる。


 そんな様子にはお構いなしに、観衆ににこやかに手を振るロッテ。


 肩口にベルト型のホルダーを乗せ、投擲用の的に向かう。


「行きます!」


 声と同時に右手が肩口からベルトの上を走る。

 先頭にあった3本のクナイが消えた。


 ダダダッ!


 振り抜かれた右手と同じ角度で、的にクナイが並んだ。


 その手が翻り、肩口まで戻る。

 ベルトから消えたのは次の3本の『宵針』。

 振り被るようにして放たれた『宵針』は、クナイを避けるように縦に突き刺さった。


 三度ベルトを撫でるように走った右手が、超小型の投げナイフを放とうとして時、


「あら?」


 的がパリッと4つに割れ、床に落ちた。


「もう、脆い〜」


 そのままのモーションで投げたナイフは、隣の的に斜めの角度で飛び、中心に2本、やや左に1本刺さった。


「あ〜、ハズレた」


 皆さん、青を通り越して、顔が白くなってらっしゃる。

 さすがの偉丈夫副隊長サンも、暫し声を失っていた。


「……いやぁ、凄いとお聞きしてはおりましたが、まさかここまでとは……。恐れ入りました」


 ようやく声が戻った副隊長サン。


「部下の方の凄腕、しかと拝見致しました。

 ではいよいよ『流刃』の剣裁きをぜひとも」


 顔面蒼白だった観衆も、これを聞いて顔色が戻った。

 すぐに場が熱気を帯びてくる。


 確かにここにいるのは剣士ばかりのようだ。

 他国の剣士を見たいという欲求は理解できる。


 期待の眼差しは面映ゆいが、せっかく来たのだ。

 私も今日は思いっきりやりたい。


「副団長〜、今日は何本やります〜?」


 巻き藁を抱えながらふたりが聞いてきた。


 う〜ん、そうだな……


「じゃあ、5・5で頼む」


「は〜い、了解です」


 そう言ってふたりが巻き藁を並べた。


 左右5本ずつ、計10本。


(え?なぜあんなに?)(なにをするんだ?)


 深々と深呼吸をする。


 聞こえてくる戸惑いの声も、剣と巻き藁に集中していると、徐々に聞こえなくなっていく。


 そして、静寂。

 もう、なにも聞こえない。


 そこにあるのは、私と、剣と、巻き藁だけ。


 静かだ。


 これがいい。


 この空間が好きだ。


 この感覚が―――


 好きだ!!


 巻き藁に向かって走り出す。


 左下から右肩口まで剣を通し、

 そのまま円を描きつつ左肩から袈裟懸け。


 そこから流れに逆らわぬように次の巻き藁に向かって剣を振るう。


 途切れなく、円舞のように、流れる如く振るう。


 これが私の剣。


『流刃』と呼ばれる私の剣だ。


 

       ❖   ❖


 

 チンッ……


 剣を鞘に収める。


 ようやく音が戻―――らない?


 ああ、ルナとロッテは拍手してくれている。


 ほかの方々は―――


「いやあ!!お見事!!実にお見事でした!!」


 副団長サンが一拍遅れて拍手してくれた。


 だが、ほかのみんなはまだ呆然としている。


 10本の巻き藁は、倒れも崩れもせず立っていた。

 ただ、その全てに、交差する二本の深い剣線が刻まれている。


「皆見てみろ、この剣筋を!

 あの流れるような優美な剣で、巻き藁ひとつに全て二太刀浴びせておる!

 しかもだ!驚くべきはこの切り口の深さ!

 ただ表面を撫でているわけではない!

 剣として、武器として、十二分以上に強さを兼ね備えておる!」


 副隊長サンが興奮気味に私の手を取った。


「素晴らしい!全くもって素晴らしい!

 私があと20年若ければ、あなたのもとに剣を学びに行けたのに!それだけが悔しくてなりませんぞ!」


 そして観衆に向かって檄を飛ばした。


「お前ら!憧れを持て!憧れを持って、この剣に追いつこうと足掻け!

 さすれば、剣は応える!

 必ず剣は応えてくれる!」


 二拍、三拍ほどの静寂が流れる。


 そして―――


 静寂は大歓声に変わった。


 溢れかえる場の熱気を背に、副隊長サンがまた尋ねてきた。


 いい笑顔だ。


 憧れと畏敬を含む、いい笑顔だ。


「『流刃』殿……あなたが憧れた剣は、どのような剣でしたか?」


 私の憧れた剣……か。


 柔らかい笑顔が自然に浮かんだ。


「私が憧れた剣……。そうですね……あれは」


 目をそっと伏せる。


「豪胆で、豪快で、豪放で……。

 近づけてはおります……、近づけては……。

 しかしながら、今もって追いつくことは叶わぬ……

『武神』と呼ばれる剣……です」


 我が騎士団長の姿が、そこに見えた。


 私もたぶん同じ笑みを、浮かべていた気がした。


 


 

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