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◎第3話 国王謁見式会場待機場(3日目)

 今日は開国祭開会式と国王謁見式だ。

 

 開国祭期間中で最も堅っ苦しい式典……なのでリンちゃんはお留守番になった。


 誰が残るかというところは、ロッテが手を挙げた。


「昨日はスウィーツ食べ損ねましたので、今日は私がリンちゃんと食べ歩きしてきます」


 ロッテがエリシア様の護衛を辞退するのは意外だったが、これはこれで喜ばしい。

 彼女がエリシア様以外の護衛対象との関係性構築に心を配っているという事だ。


 ロッテとリンちゃん。

 はたから見ていても、なんとも仲睦まじい。

 歳の離れた仲良し姉妹といった感じだ。


 そう。

 彼女は元来、穏やかで心根の優しい女性なんだ。

 チョットだけ……ホントにチョットだけ……執着対象の事になると……、見境なく滾ってしまう……、ただそれだけ……なんだ。



      ❖    ❖



 会場に着いた。

 と言っても我々護衛が、謁見式が執り行われる大広間に入れるわけはない。

 終わるまで、ロビーや馬車待機場で待機する事になる。


 入口で剣を預け、ロビーに入る。

 ロビーは、大広間ほどではないのだろうが、それでも立派なサロンのような趣きだ。

 各国王家の近衛や、貴族直轄の騎士団が陣取り、その前を給仕たちが足繁く回っている。

 護衛とはいえ、ほぼみんな貴族なのだろう。

 自分を卑下するつもりはないが、やはり少々居心地の悪さを感じる。


「副団長〜、飲み物もらってきました〜」


 ルナはそのあたりの事を全く気にしないな。

 このおおらかさは貴重な資質だ。


「ありがとう、いただくよ」


 ふたりでソファに座り、ロビーを見渡す。

 たいていの護衛は酒を控えているようだ。

 当然と言えば当然。護衛たる者、任を疎かにするような振る舞いは言語道断ーー

 と思ったのだが、やはりどこにでも愚か者はいるらしい。

 酔って給仕の女性にぶつかったくせに、居丈高に相手を罵倒している輩が目に入った。


 こぼれたワインが制服にかかったらしい。

 “無礼者“と、しきりに喚いている。


 私は、この言葉が心底嫌いだ。

 

 自分が“礼を尽くされて然るべき“だと信じて疑わない、思い上がった人物ほど、これを口にする。全く度し難い。


 立ち上がると、もうルナは隣にいなかった。


 素早く給仕の傍らに走り、泣いているその娘を優しく励ましている。


「さあ、気にしないで。お仕事続けて下さい」


 酔ったどこぞの護衛がまだ後ろで喚いているが、お構いなしだ。


「おい!キサマ!ジャマをするな!今私がーー」

「うるさいですね、ちょっと濡れた程度です。拭けば落ちますよ」

「何を言うか!この制服は我が騎士団の誇り!それを蔑ろにされては―――」

「じゃあ、おばあちゃんから聞いた生活の知恵を。レモンを搾って揉み込めば、大抵の染みは消えるそうです。

 さあ、ここはもういいですから、あなたは行きなさい」


 給仕が涙目で感謝しつつ、その場を去った。


「こ!こら待て!何を勝手な!まだ話は――」


 見送るルナの左肩に、男が後ろから手を掛けた。

 

 次の瞬間


 ビュッ!


 振り向きもせず、ルナの左手刀が男の喉元でピタリと止まった。


「!!」


 動けなくなる男。

 さもありなん。あんな勢いの手刀で首を刈られたら、何日寝込むことになるやら。


「あなたの制服はワインで濡れるのは許さないが、女の子の涙で濡れるのは構わないと……。

 どうやら騎士の矜持も、そのワインと一緒にどこかにこぼれてしまったようですね」


 手刀をピクリとも動かさず、男に向き合うルナ。


 うむ、よく言ってくれた、ルナ。


 騒ぎに立ち止まって動けなくなっている給仕のトレイから、ひとつレモンを手に取った。


 ルナの肩に手をやり、少しだけ後ろに下がらせ、男の前に立つ。


「もうよろしいでしょう、お引き下さい」


 少し面食らった感じだったが、喉元から手刀がなくなり、多少イキオイが戻ったか、男がまた喚き始めた。


「何だキサマは!この無礼な女の上役か!」


 そんな言など意に介さず、イヤミなほど丁寧な礼を示してやる。


「彼女でしたら確かに私の部下です。貴官が仰る無礼な女というのは誰の事かはわかりかねますが」


「ふざけるな!この制服は我が騎士団の――!」


「ですから、彼女がおばあちゃんの知恵袋をご披露したでしょう。

 ……ルナ……」


 そう言ってさっきのレモンを、ルナに手渡す。


 ルナは私とレモンを一往復見る。

 一拍置いて、ニッコリと笑った。


 ルナが黙って男にワイングラスをグイッと押し付ける。


「な、な、なんのつもり――」


 男が戸惑うのを無視しつつ、眼前にレモンを突き出した。


 縦に手のひらで挟むように持たれたレモン。


「いきます」


 次の瞬間、


 グシャッとレモンが押しつぶされ、大量の果汁がワイングラスにこぼれ落ちた。

 ギュウ……と最後まで搾り尽くされた残骸がポチャンと音を立てグラスを満たし、金糸雀色の香りがフワリと周囲に薫った。


 茫然自失の男に慇懃に礼を示し、小さいが確実に聞こえる声で、ソッと囁く。


「それで制服をお拭き下さい。しっかりとね。

 染みだけじゃなく、つまらない見栄と虚勢にも多少は効くと聞きますよ」


 その声が男の脳に染みわたるのに少し間が必要だった。

 ようやくその辛辣さに顔を苛立ちと羞恥で歪め、また食ってかかろうと口を開いた時。


「やめんか!この愚か者が!!」


 背後からの一喝、ビクッと男が縮み上がった。


「……ふ……副隊長……」


 見ると、同じ制服を着た偉丈夫が、男を睨みつけている。


「所用を済ませ戻ってきたら、何たるザマだ!

 かような場で騒ぎを起こすな!バカモノが!」


 周囲の同じ制服連中にも、その鋭い視線をぶつけた。


「キサマらはいったい何をしておるのだ!

 なぜこの恥知らずを止めん!酒宴の席でのおちゃらけた余興程度に思っとったのか!!」


 周りの連中も凍りついている。

 よほど規律に厳しい御仁なのだろう。

 であれば、この部隊にも救いがある。


 偉丈夫が私とルナの前に進み出た。


 う〜ん、貫禄がある。

 職責の“重み“というヤツを十二分に備えているな。

 我が騎士団長とは多少趣きは違えど、通ずる部分はかなり多い。


 副隊長サンが丁寧に謝罪の礼を取る。


「我が部隊の愚か者が大変失礼なマネを致しました。

 小官はシュルツ第3―――」


 副隊長サンが名乗りをしようとするところを、サッと制した。


「いえ、名乗りはご無用に願います。貴部隊全体の愚行にする必要はございません。

 いつでも、どこにでも、酒精に惑わされる者はいるものです。

 その方も、酔いが覚めて、その染みとレモン汁を見れば、酒のそれとは違うお顔の赤さを感じる事でしょう」


 それを聞き、ホッとした様子を浮かべる。


 再び副隊長サンが私に礼を示した。


「……さすが『流刃』殿、感服致しました」


 周囲がざわついた。


『流刃』?……あの『武神』の後継者……?


 そんな囁きが……

 いや、そんな大げさな……。


「ほう……、キサマらもご高名だけは知っておるか。

 帯剣しておらんでよかったな。

 もしも抜刀でもしていたら、4〜5人まとめて5秒で膾斬りにされておるぞ」


「いやいや、ご勘弁下さい。ハハハハ……」


 副隊長サンがルナに視線を向けた。

 暖かい眼差しだ。


「それに……、よい部下をお持ちのようだ。

 うらやましい限りです」


 ルナがピッと姿勢を正した。

 少し照れたような笑顔が浮かぶ。


「そ、それでは、私たちはこれで」


 それだけ言って、ルナにヒソっと声を掛けた。


「もうこのロビーには居られん。馬車で待とう。

 だが――」


 ポンッとルナの背中を軽く叩いた。


「よくやった」


 ルナはほんの少し固まったようだった。


 だが、すぐに顔をほころばせ、


「はいっ!」


 と応えて、スキップ気味に私についてきた。


 

 





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