◎第17話 魔境会議(11日目)
エリシア様の様子がおかしい。
いや、確かに夕べのエリシア様の様子はおかしかった。
ポヤ〜ンと夢見心地のような顔でフラフラと、まるで周りが見えていないようだった。
ロッテはあの様子を見て、即座に『アルベルト様との間でなんかあった!』と直感したようだが……
それ以外ないだろう!
リンちゃんは、ふらつきながら歩くエリシアと、それを支えるように寄り添うアルベルト様を、ニマニマと見ていた。
メイドさんたちもエリシア様の様子を見て、「コレはもう絶対……!!」と、いたく盛り上がっていた。
しかし、なぜだ……
なぜ……
なぜ今朝になったら、コレまで通りに振る舞えてるんだ!
いつもの変わらないじゃないか!
鼻歌交じりに散歩したりして、ちょっとゴキゲンな感じはあるが……
それでもアルベルト様への態度には全く変化がない!
普通は男女の間でナニゴトかあれば、次の日にはどうしたって意識してしまう。
それが絶対に相手への態度に現れるハズだ。
いや、アルベルト様はその限りじゃナイ。
あの方は『異形』だ。
ある意味『残念』な方だ。
ああ、観客側にとっては『残念』という意味だ。誤解なきよう。
とにかく、そういう括りに入れてはならない。
誰もがそう思ってるから、態度が変わらなくても全く気にならない。
だが、エリシア様は一般人枠だ。
チョット恥ずかしげに目を伏せるとか
気まずそうに、でもチラチラ見るとか
おはようを言われて、いつもよりうれしそうに笑うとか
そーゆー甘酸っぱ〜い胸キュンシーンを、みんなが期待パンパンに胸膨らませてたのに………
――なぜこうなった!!
不毛な堂々巡りと暫しの沈黙の後、ひとりのメイドがおずおずと挙手した。
「……あのぉ、もしかして……」
皆が一斉に注目する。
その圧に一瞬たじろいだが、意を決して自説を披露した。
「……あの、エリシア様って……
『恋愛脳』が……ものっ凄くちっちゃいのではないでしょうか……」
一同に衝撃が走った!
「……『恋愛脳』が……ちっちゃい……?」
「……はい、あまりにちっちゃ過ぎて、私たちが仕上げた渾身のドレス姿をお見せしたあたりが臨界点だったと思います。
そこに夕べ、容量を遥かに超える出来事が起きて脳が処理できなくなって……、その記憶をアタマの隅にしまい込んじゃった……んじゃないかと……」
また一同に衝撃が走った!
「……では……夕べの事は……すっかり忘れている……と?」
「いえ、あのゴキゲンぷりですから、うっすらとは覚えてはいるでしょう……。
ただ、ソレをハッキリ思い出すと、またたく間に脳に負荷がかかるので、防衛本能がソレを抑えている……のではないかと思います」
「……つまり、忘我の極致に至れるほどの甘美な想い出を……ハッキリ思い出すと脳がぶっ壊れるから、無意識に薄〜く希釈してチビチビ小出しにしてる……という事か……」
「……はい、そうではないかと……」
「……おしゃれした姿を見てもらっただけで、もういっぱいいっぱいになっちゃった、と?」
「色恋に疎い方だとは薄々気づいてましたが……、ソコまで恋愛弱者だったんですか、エリシア様!」
「……日頃ご自分を鼓舞するように未熟者と称していたのが……、実はコッチ方面だったとは……!」
「こ、これが……アタマの容量を政治・統治に全振りしてしまった乙女の最終形態……だというわけですか……」
―――という具合に、キッチンで女性陣全員参加の『エリシア様、いったいどうしちゃったの?』会議が厳かに執り行われていた。
少しだけ開いているドアの隙間から、図らずも中の様子を知り、ドアノブを持つ手が震えている。
……エッライところにでっくわしてしまった……
……これ、ドレスアップ現場並みの男子禁制エリアじゃないか……
私はただ、飲み物をもらいに来ただけなんだが……
なぜ命のキケンを感じなければならん……
静かにソッと退散しよう。
偶然とはいえ、こんなトコ盗み聞きしてしまったなんてロッテが知ったら―――
「クセ者!!!」
耳元の柱に、極小投げナイフが空を切って飛んできた。
カカカッ!!
その数3本。
ちゃんと目の高さにピッタリ一致してる。
……ワザと外してくれた……
自制を覚えたな、エライぞ……ロッテ。
その温情に感謝し、喜んで引かせてもらうよ。
いや、ルナ、そんな怖い目で誘われても、私は入らんぞ。
ハハハ、リンちゃん、コレは仲間ハズレじゃないぞー。
私の事はこれっっっぽっちも気にしないでいいんだよ。
淑女の祭典にこんなオジサンは不要だ。
それじゃね、ゆっくりお話し合いしてくれ。
❖ ❖
「……というワケで、キッチンでは緊急会議が絶賛開催中ですよ」
コーヒーを淹れて、アルベルト様に差し出す。
「よくそんな魔境に足を踏み入れたね」
うん。まさに魔境、まさに黒ミサ。
不可触の領域だった。
「ドアの隙間から覗いてたら、投げナイフが3本、耳のヨコの柱に刺さってました」
「……修繕代置いてかなくちゃね」
しれっとしてますが、この類いのトピックは長命種です、絶対に廃れないですよ。
「……で、これからどうなさるのですかな?
アルベルト様」
少しイジワルな視線で問い掛ける。
だが、アルベルト様は涼しい顔でソレを弾き飛ばして言った。
「彼女は、自分はまだまだ領主の器ではないと考えている。
今はいわば狭い窮屈な檻の中にいて、日々葛藤の連続だろう。
そこにはまだ異物が入り込むスキマなんてないさ。
無理にそこに潜り込んだら、おそらく彼女の心は圧死してしまうんじゃないかな」
それから、アルベルト様の考えをいろいろお聞かせいただいた。
なるほど……領主という名の檻か……
だが、その檻は確かに日々広がっている。
私の目から見ても明らかにわかる。
私は昨日、改めて騎士として、あの方に忠誠を誓った。
騎士としての私に、そうさせるだけの力があった。
「私の騎士としての勘があの時、こう言っていたんです。
この方は伸びる。
まだお若いし、未熟な点は多々あるが、己が苦悩を血肉にしていこうとする覚悟と器がある、とね」
コーヒーをまた二人分淹れる。
「あなたはヒトを育てられる方ですからね。
あなたがその道行きを支えるというならば、私もその未完の器を守る剣として、お側に仕えさせていただきます」
アルベルト様がうれしそうに頷いてくれた。
しかし、檻が広がるまで、傍らで待つのか。
些か気の長い話ではあるが、この方らしい。
コーヒーを差し出す。
アルベルト様が香りを楽しみ、ゆっくりと口に運ぶ仕草を見つめながら思った。
この方は、心の底から『補佐』なんだ。
全ての職務を完璧にこなす力がある
実際、それに近い事をもう行なっている。
だが、この方はそれを押し付けない。
あくまで選択肢として提示し、決定権者に判断を委ねる。
そのプロセスにも寄り添い、相手が自分なりに消化できるまで伴走する。
徹底的に『補佐』なんだ。
では、その役割が変わるのはいつなのか。
あなたはそれを望まないのか。
さっきの、アルベルト様への問いかけを思い出す。
(……貴方は、それで……良いのですか……?)
(それが今の私たちのカタチだ。
これからもその時々に応じた有り様がある。
それが私たちのカタチだよ)
強い感情も、大きな責任も、今日やるべきことを積み重ねることでしか進まない。
エリシア様の統治も、これからの関係も、そうやって少しずつ積み重ねていくのか。
窓の外にエリシア様がいた。
アルベルト様の儚げな笑みに慈しみが加わった。
その微笑みが、物言わずとも、この方の想いを能弁に語り尽くしている気がした。




